2003-01-13 Mon      旅に想う(1)
 
 喧噪なる都会に暮らして旅をすることもせず、日帰りで郊外に出向くこともなく、それでも絶えず鋭い感性と豊かな想像力を持ち続け、自己表現をまっとうできる人はいるのだろうか。私にはとうていそんな真似のできようはずもないから‥郊外や近場を散策したり、旅をして外界から刺激を受け文章が浮かぶのであり、閑居していては何も出てこず、出るのはフケくらいである‥彷徨を繰り返すのだ。
 
 過去37年間、海外のさまざまな土地を旅してきたが、サハラ砂漠のように風土や環境が人を寄せつけないところもあれば、人が旅行者を拒否するところもあり、旅をあまねく語るのは人を語るのとどうよう至難のわざであることにようやく気づきはじめた。そしてまた、世代によっても季節や状況によっても旅はちがったものとなる。
20代はイタリアやスペイン、あるいはギリシャなどの南欧、そして中東やアフガニスタン、パキスタン、インドなどを好んで旅した。30代になってもスペインの魔力は捨てがたいものがあり、主にカタルーニャの小都市や、地中海に浮かぶイビサ、マヨルカといった島々を探訪した。それと並行するかのようにドイツ、オーストリアといったゲルマン系の国々を旅した。
 
 40代はさすがに忙しく、毎月の遠出といえば仕事上香港に行くくらいで、ヨーロッパまで旅する回数は減少した。とはいっても、40代前半は南仏、後半はプラハ、ザルツブルク、リスボンなどの古都に魅せられたことはある。
洋の東西を問わず旅の途上で思ったのは、お薦めとか名所とかいわれる場所に魅力はあっても、長く深く心にのこるものは望みがたいということであった。魅力は魅力であってそれ以上のものではなく、傍観していると蠱惑的この上ないが、すぐ飽きる。それは内容のない異性と長続きしないのに似て、偽りの魅力は空疎なのである。
 
 ほんとうの自然美は人を寄せつけない苛酷な環境にしかないように思うし、女性の真の美しさなどというものは本来、ただ美しいだけではなく、女としての犯しがたい品格がそなわっていて、からだ全体に凛々しさがみなぎり、目の輝きは女の生き方のすみずみにまではりめぐらされた叡智を映し出しているはずである。
 
 世に一流と呼ばれているモノ、人の多くは往々にして欺瞞に満ちているか、その虚勢ゆえに実像とかけ離れているかのどちらかだ。名門ホテル‥という言い方も何となくいかがわしいのだが‥に泊まり歩いてばかりいても、その町や人のやさしさにふれることはない。ウィーン、ベルリン、ロンドンあたりは特にその傾向が強く、かの地のべらぼうな宿泊費や食事代と引き換えに得るのは、シーツやバスタオルの白さ、皿の豪華さだけである。それを快適というならなるほど快適であろうが、時が移ってなお記憶のなかに住つづける類の快適さではない。
 
 私はこういう前置きの長い人の文章は好かない。前置きの長い人はともすれば、性懲りもなくどうでもよい自説を繰り返す冗長さだけが突出し、本題に入るころには疲れがきて、どうしようもなく退屈するのである。矢鱈と眠くなり、眠気と戦うからさらに文章が冗漫となる。だいたい、「やたら」を矢鱈などと書くから集中力が途切れるのではあるまいか。
 
 50代は回帰の世代であり、時間に目覚める年代であった。時間は限られている。その限りある時間のなかで何をすればよいか、最優先されるべきは何か。そうして私は英国のカントリーサイドに回帰した。ロンドンやバーミンガムを見なくても英国を語ることはできる。しかしながら、田舎やムーアを見ずして英国を語ることはできないだろう。とりわけ、ムーアには人を寄せつけない厳しさとともに、人を思索に導かずにはおかない懐かしさを併せ持つからである。
 
 砂漠は人が住むには適さない、人が横切るだけだ。だが、ムーアには人が住んでいる。それがいいようのない懐かしさと思索の背景となるのだ。「嵐が丘」や「ハワーズ・エンド」はムーアから生まれた。そしておそらく、シェイクスピア悲劇の大半もそこから生まれたのではなかろうか。ムーアの寂寞として荒涼たる風景は、悲劇に巻き込まれる人間の心の風景でもあるのだ。強欲や渇望は時として悲劇の原因となる。しかし、欲望と渇望の来た道を遡れば、人間の寂しさ、心の飢えに辿りつくこともまた多いのである。
 
 
 
 時代が変遷を遂げるのではない、人が変遷を繰り返すのだ。理性が欲望をたしなめた時代は遠くに追いやられ、欲望が理性をたしなめる時代が幅をきかせる。人に道理を説き、蔭で悦楽にふけるのが人の世の常であってみれば。
 
 ハムレットはおどろおどろしい形相で叫ぶ。
 「堕落した世の中では美徳が悪徳に許しを乞う。庭は荒れはて、あさましい雑草がはびこっている。美しい山をおりて、荒れはてた野の雑草を漁るようなことをなぜしたのか。わずかな毒によって名誉が恥に変わるのだ」。
 
 ある年齢になると、もはや見せかけの美しさ 、やさしさに感動しなくなる。感動はおろか反応すらしなくなるのだ。見せかけだけのものに飽き々々しているからである。
だが人はあさましい。孤独をかこち、淋しさに占領されると、見せかけのやさしさに心を売る。切り立った崖に立つと平静は雲散霧消する。だれがいったのか、思慮とは四分の一が智慧で、四分の三が臆病なのである。
 
 旅は、そういうことどもを思索する道を私たちに示してくれる。旅は一人旅にかぎる、かつてはそう信じて疑わなかった。同床異夢という呪縛に罹っていたからだ。生ぜしもひとりなり 死するもひとりなり さすれば人と住せしもひとりなり。
しかしいまはちがう。異床同夢を信じられるからである。床は異なっても、たまさか同じ夢をみることがある。この世は刹那である。時が来ればだれにでもわかることだ。世の仕組みが刹那に支配されているがゆえに、私たちは刹那を永遠に閉じこめようとするのではないだろうか。すくなくとも私はそうだ。
 
 刹那を永遠に閉じこめようとする行為、それが私の旅である。いや、それだけではあるまい、それは私の旅の父であり、好奇心が母である。
旅から帰って、長く深く心にのこるのは名門ホテルではない、どこにでもありそうなB&Bであり、そこの主やおかみさんの手篤いもてなしと心遣いであり、それが彼らには単なる日常の行為だとわかることである。そしてまた、旅先でのふつうの、しかし心を許せる無名の人々との出会いであり、道ですれちがう、やさしくも神々しい笑顔であり、心の風景に出会った時の感動である。
 
                          (未完)
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