2009-12-22 Tue      英国の風景(2)

                 
 すばらしい風景は落ちこんだ精神さえ高揚させる力を持つ。気分のすぐれない夜、フィンランドでもノルウェーでもいい、北極圏の途轍もなく澄んだ空と雪におおわれた丘が無限の広がりを思わせる風景を見よ。グリーグ(1843−1907)の「ペール・ギュント」がBGMに流れていればさらなり。
 
観光客がドッと押し寄せる場所に美しい風景は少ない。ほんとうに美しい風景は人の目にとまりにくい場所、もしくは人を寄せつけない場所にあり、すぐれたドラマが私たちに示唆をもたらすように、すばらしい風景は啓示をもたらす。
世界に数ある風景のなかで何故英国なのか。こたえは見つからない。人を愛する理由が見つからないように。やさしく、なつかしく、美しく、寂しく、気高く。それらをすべて併せもち、辛抱強く受け容れてくれる英国の風景は伴侶のようだ。
 
 旅人の玉座とは何か。深い感動をよぶ風景を最愛の人と共に見る場所のことである。
時間とは何か。時間をかけて失うものもあり、失ったものを取りもどすこともある。それは体力や集中力のおとろえであったり、判断力の補強であったりもするが、土のなかで育まれつつ容易に表面に出てこない新芽があり、その萌芽を手助けする何かを時間とよぶのだろう。
 
 時間は目をはなしているすきに逃げる。時間は、捕まえることも、再び帰ってくることもない逃亡者だ。私たちにできることといえば時間にめざめることだけである。いっときをかけがえのない命と思う日はかならず来る。
私は英国で、そしてまた欧羅巴の小さな町や村で、伴侶と同じ風景を見た。その風景は私たちに感動、安息、静謐をもたらした。それで十分である、そういうひとときを共有できたのだ。
 
 上の画像はハイランドのダノッター城である。おりからの強風に毅然と屹立し、孤独感をにじませていた。北海に置き去りにされた孤高の廃城に私たちは圧倒された。
多くの旅人の心を魅了する風景であるとは思えない。なのになぜか私たちの心に深く刻まれ、思い出すたびにそのときの風が心中を去来し、ほかのどの場所でみたものよりも想像力をかきたてるのである。
                          (未完)
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