2010-04-19 Mon      英国の風景(4)
 
 人に信じてもらえる経験はたかがしれている。信じてもらえないような経験をすることが生きることの醍醐味である。
旅は人生の余録ではない。旅そのものが思索であること、ふだんは眠っている感性が目覚め、記憶の淵をたどれること、みえないものをみる力を持つことなど、私たちの生の根本にかかわってくるからだ。旅と旅のはざまで人生は青息吐息、旅に救いをもとめている。
 
 幸せな人はみな同じ顔をしている。が、不幸せな人はそれぞれにちがった顔をしているとだれがいったか知らないけれど、不幸は過大評価することもおごり高ぶることもなく謙虚であり、幸せだとみえない何かがみえてくるのであってみれば、不幸なときにこそ旅をすべきなのだ。
 
 天から授かった想像力が迷いを生じさせ、迷いの淵に立つことはある。いかなる場所も行ってみなければわからない。そこには不安も齟齬もあるかもしれない。だが不安の先には広がりが、齟齬の奥には友愛が待っている。
旅にでて、風景、人間との出会いや交流によって、帰宅後、自らの細胞分裂の音がきこえてきそうな静寂に気づいて深い眠りに落ちるよろこび。
 
 旅は郷愁をみたすことでもあるだろう。なつかしさにふけることは汲めども尽きせぬ魅力であって、それは同じ時間を共有した仲間への気持ちに似ている。
一時の迷いはなつかしさ、あるいは友愛に凌駕されるだろう。背中を向けても、友愛と郷愁という風景は私たちをみている。英国の風景との再会は郷愁との再会なのである。
                                             
                          (未完)

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