イングランド南西部のウィルトシャー州は、北にグロスターシャー、東にオクスフォードシャー、バークシャー、ハンプシャー、南にドーセット、
西にサマセットに囲まれた海のない州である。7世紀初頭〜9世紀までブリテン島南半分を支配した7王国のうち、サクソン人の国ウェセックス
はウィルトシャーを中心として9世紀前半に繁栄、9世紀半ばのヴァイキング襲来時はアルフレッド大王の活躍により窮地を脱した。
 
英国でこれほど先史時代の巨石記念物が多い州はほかにない。丘を上ると果てしない平原が広がり、視界をさえぎるものは何もなく、
太古の風景もかくありなんと思い定める。ウィルトシャーの大地は3分の2が石灰岩層、それがソールズベリー平原なのである。

ウェストベリー ホワイトホース
ウェストベリー ホワイトホース
ウィルトシャーには丘陵の斜面につくられたホワイトホース8頭が現存している。なかでもウェストベリーの東2、4キロ地点にある
ホワイトホースは最も古く1778年につくられたという。それ以前に存在した作品の復元という説も有力なのだが、最初の
ホワイトホースがいつごろつくられたか定かでない。高さ54メートル幅51メートルの白馬の近距離撮影は超広角レンズでも不能。
 
☆超広角レンズでの撮影は近距離にある対象物が縦方向(または横方向)に誇張される。白馬の足や尻尾、顔も実際より長〜く写っている☆
 
急斜面なのでホワイトホースに近寄ろうとすると、足がすべるか、よろけるかして、足を踏んばっても転がり落ちそうになる。
かつては雑草を取り除き、地面にあらわれた白色石灰岩を馬にかたちどる方法がとられ、白を保つため定期的に洗浄
された。1957年にコンクリートが使われ現在にいたっている。
 
どうだ! これが太古だ!といわんばかりの風景には高い建物の影さえなく、近世も近代も、中世でさえさようならという感じだ。
 
 
ウェストベリー ホワイトホース
ウェストベリー ホワイトホース
B3098の南側に見えるというので行ってみた。B3098から見るホワイトホースを望遠レンズで撮ると短足ぎみに写り、
迫力がないぶんかわいい。馬ではなくほかの動物にみえなくもないけれど。
 
 
チャーヒル ホワイトホース
チャーヒル ホワイトホース
ウィルトシャーに点在するホワイトホースは、ウェストベリー、チヤーヒル、モルバラ、ハックペン、ブロードタウンなどの8頭。
チャーヒルの白馬はウェストベリーに次いで古く、製作は1780年。
ここもウェストベリーと同じ方法で雑草を除去してつくられたが、2002年の大修復により石灰岩160トンがつぎ込まれた。
 
そのときナショナルトラストが1万8千ポンドの助成金を拠出したという。総費用がいくらだったかは未調査。
 
 
 
ホワイトホース案内板 チャーヒル
ホワイトホース案内板 チャーヒル
現存白馬8頭の案内。一番上中央はブロードタウンのホワイトホース、そこから左斜め下がチャーヒルの白馬。
案内板の下・左端がウェストベリーの白馬。
 
 
チャーヒル
チャーヒル
 
 
チャーヒル ホワイトホース
チャーヒル ホワイトホース
A4(国道)からみる白馬。A4の南側、チャーヒルの稜線近くに鎮座。1780年当時のサイズは66メートルX48メートルという。
現存するのは昔の半分ほどのサイズである。
 
右端のとがった建物は高さ38メートルのオベリスク=1845年に建てられたランズダウン侯爵ヘンリー・ペテイの記念碑=である。
 
 
 
ピューシー・ダウンズ
ピューシー・ダウンズ
ヴェイル・オブ・ピューシー
ヴェイル・オブ・ピューシー
ビューシー谷という名がつけられているけれど谷というイメージはなく、ゆるやかな丘陵と平地がつづく。
 
このあたりもソールズベリー平原の一部である。英国にはムーアがあり、場所によってダートムーアのようにアップダウンのきついところ
もある。ダウンズにも数は少ないけれど急勾配の丘がある。その点ソールズベリー平原は丘陵でさえ傾斜は少なく、なだらかな場所のみだ。
 
イングランドってこんなに広かったのか、という認識をあらたにする風景である。
 
 
ヴェイル・オブ・ピューシー
ヴェイル・オブ・ピューシー
ヴェイル・オブ・ピューシーはモルバラの南西約15キロの地点に東西30キロ、南北5キロにわたり広がっている。
ソールズベリー郊外を流れるエイヴォン川の源流があることからピューシー谷を母なる谷と呼ぶ人がいる。
 
 
ピューシー・ダウンズ
ピューシー・ダウンズ
「ダウンズ」はケルト語の「Dun」が変化したものだという(梅田修「地名で読むヨーロッパ」)。
ピューシー・ダウンズは広大な石灰岩層の丘陵地帯である。
 
 
ピューシー
ピューシー
ピューシーはモルバラからA345を南へ9キロ行くと着く。一本道ゆえ迷いようがない。
ピューシー谷の北東に位置する人口約3600人の町だ。NHKで長年放送された英国ドラマ「名探偵ポワロ」
に女性作家役で度々ゲスト出演したゾーイ・ワナメイカー(声は山本陽子)はピューシーの出身である。
 
古くはヘンリー8世の3番目の王妃ジェーン・シーモア(1508−1537)もピューシー出身。
 
 
ピューシー 運河
ピューシー 運河
エイヴォン川は運河として利用されている。このあたりの川幅はそれほど広くもなく、かといって2艘のナロウボートが
すれ違うには十分な幅があるので、行き交うボートをしばしば目にする。ボートの多くは船上生活者の住宅。
 
 
ピューシー 運河
ピューシー 運河
ソールズベリー平原
ソールズベリー平原
イングランドの道路は総体的にドライブを愉しむためにできている。道は直線か、ゆるやかなカーブが多く、
まちがってもヘアピン・カーブは見られない。運転中、窓外の景色にみとれることもたびたび。米国や
オーストラリアのように行けども行けども景色は変わらずということもないので、ドライバー冥利である。
 
というのも、助手席にすわる人が景色を愉しむのをみて愉しいからだ。
 
 
ソールズベリー平原
ソールズベリー平原
ソールズベリー平原
ソールズベリー平原
ソールズベリー平原
ソールズベリー平原
ポピー ソールズベリー平原
ポピー ソールズベリー平原
ストーンヘンジ
ストーンヘンジ
ストーンヘンジはソールズベリーからA360を北へ16キロ進んだ地点に屹立している。
 
スートンヘンジの荘厳な佇まいを見るには、近くで見るよりA303とA360が交差するラウンドアバウトを下ってすぐ西北西(右)に
目をやれば、広大なソールズベリー平原の真ん中に大天使ミカエルが置き忘れたかのような小さく美しいストーンヘンジが忽然と
すがたをあらわす。そのありさまは、それが古代遺跡と知らぬ人でも畏怖の念を感じずにはいられないほど厳然たる佇まいである。
 
だが一方で都会のビルディングが繁栄の果てに置き去りにされた光景をも想起させる。
過去、人類は文明の衰退を繰りかえしてきた。「朝には紅顔あって夕べには白骨となる」のは古今、洋の東西を問わない。
モヘンジョダロ、ペトラなど栄枯盛衰は世の常、だれが100年後、200年後のありさまを言い当てられよう。
 
200年後東京が廃墟と化した場合、ストーンヘンジのように厳然たる痕跡をとどめているだろうか。畏怖の念を抱かせるだろうか。
 
 
 
ストーンヘンジ
ストーンヘンジ
いつ行っても新聞種になるのは、石柱をよじのぼって記念写真を撮る若者である。それは昔も今も変わらない。
 
 
ストーンヘンジ
ストーンヘンジ
ソールズベリー平原の途轍もない大きさは、ストーンヘンジ一帯が小さな点に思えるほどの規模だ。
 
誰が言ったか知らないが、緑と灰色の衣をまとったこの一帯を、数頭のグレイハウンドがしなやかに身をのばし、
走り去るすがたにたとえている。ストーンヘンジには神々が草原に広げたテーブルについているような、食卓を
共にした人々があたかも昔からの知り合いであるような何かを感じるのだ。
 
 
エーヴベリー ストーンサークル
エーヴベリー ストーンサークル
エーヴベリー村はモルバラの西11キロにあり、モルバラからA4を真西に8キロほど行くとエーヴベリーの標識がみえる。
そこを北上すればすぐ着く。人口530人の小さな村である。
 
エーヴベリーのストーンサークルは1986年ストーンヘンジとともにユネスコの世界遺産に指定され、ナショナルトラストが管理している。
ナショナルトラストは環境保護目的で出店を制限しており、村に2店しかないギフトショップのひとつでは主にガイドブック、地図
などを販売している。もう1店はナショナルトラストが出している。そこがなんともおもしろい。
 
 
エーヴベリー ストーンサークル
エーヴベリー ストーンサークル
ストーンサークルは新石器時代のB.C3000年ごろつくられたというが、諸説あり、正確な建造年は不明。
ストーンサークルは外と内の2種類があって、外側の直径は約330メートル、内側は98メートル。
 
外側のサークルには98本の石柱があり、高さは4、2メートルから3、6メートルまで種々、内側にはわずか4本しかない。
4本のうち2本はまっすぐに立たず傾いている。
 
 
エーヴベリー ストーンサークル
エーヴベリー ストーンサークル
内側のストーンサークル。4本のうち2本は傾いている。
 
 
エーヴベリー ストーンサークル
エーヴベリー ストーンサークル
外側のストーンサークル。
 
 
エーヴベリー ストーンサークル
エーヴベリー ストーンサークル
巨石建造物がつくられたのはおおむね新石器時代のB.C2900年〜B.C2600年ころだ。時代も場所もまったく異なりはするけれど、
奈良明日香村の石舞台古墳を想起する光景である。
 
1968年8月下旬の数日、古美術研究会全体合宿は定宿の奈良・日吉館に数日逗留するのが倣いだった。自由行動日、
近鉄電車に乗って石舞台へ行った。そこは人影もなく私たちのみ、同期のなかには石舞台に上がって記念写真を撮る者もいた。
石舞台までは同期数名と一緒だったが、そこから別行動し、ひとりで橘寺へ向かった。橘寺の境内は荒れ放題でみる影もなく、
子どもたちが缶けりをしていた。
 
それから何十年たったろう、古代史ブームまっただなか、石舞台へも橘寺へもおおぜいの観光客が押し寄せている。
 
 
エーヴベリー ストーンサークル
エーヴベリー ストーンサークル
晩夏の夕暮れどき、風が独特の匂いをはこんでくる。草や木の香りもすこし混じっていても、それよりもっとかぐわしい匂いが
漂っている。半世紀前の夕刻、明日香村や山辺の道を歩いていたときも同じような匂いがした。
 
匂いはいつまでも残る。晩夏特有の匂いはどこか清々しく、ほかのどの季節にましてノスタルジーを感じさせる。
 
 
エーヴベリー マナー&ガーデン
エーヴベリー マナー&ガーデン
エーヴベリー・マナーは16世紀に建てられたという。以後所有者が入れ替わり、1958年からナショナルトラストが所有している。
 
 
エーヴベリー マナー&ガーデン
エーヴベリー マナー&ガーデン
 
 
エーヴベリー マナー&ガーデン
エーヴベリー マナー&ガーデン
緑の液体が入っているかのような意匠。これをつくった庭師、もしくはデザイナーは、ハスを連想したのかもしれない。
 
 
エーヴベリーマナーハウス
エーヴベリーマナーハウス
こういう意匠は各地の庭園でみることができる。関西の古寺でみかける仏頭を思い出した。仏頭には失礼だったか。
 
 
エーヴベリー マナーハウス
エーヴベリー マナーハウス
色調をそろえている。採光も計算されている。誰が置いたのか、イスに茶紫色のポシェットが。あたりに人影はなく、
見学中の女性が置き忘れたということも。10分ほど待機したけど、誰も来ませんでした。
 
2016年から邸内の家具・調度品に手をふれてもよくなり、訪問者はそれは喜びます。
入場料はハウス&ガーデン併せて11ポンド(2017年8月現在)。入場時間はおおむね10時から17時までであるが、
時間は季節によって異なり、11月〜3月は入場できてもハウスの見学はできないので要注意。
 
 
エーヴベリー マナーハウス
エーヴベリー マナーハウス
室内の彩りに心惹かれてしばし休憩。緑がきいている。立体的で美しいベージュ系のソファー椅子は座り心地がいい。
 
 
 
 
ソールズベリー大聖堂
ソールズベリー大聖堂
ソールズベリーは人口約4万人の町。ソールズベリー大聖堂は町のシンボル。
大聖堂は1220〜58年にかけて建てられた初期ゴシック様式、教会建築では英国一の高さ(123メートル)である。
 
大聖堂内にはマグナ・カルタ(現存は4冊)のうち保存状態のよい1冊が保管されているという。
英国のなかで、この大聖堂の尖塔が最も美しい。
 
 
ソールズベリー大聖堂
ソールズベリー大聖堂
ソールズベリー大聖堂
ソールズベリー大聖堂
大聖堂は見る位置によって容貌を変える。人さまざま、好みもさまざまであるとして、ここから見る大聖堂がステキだと思う。
 
 
 
 
カースル・クーム
カースル・クーム
カースル・クームはモルバラからA4を西へ35キロ進み、アリントンを過ぎたあたりの標識(Castle Combe)を右折し3キロ弱。
 
14世紀以来、市場はここで開かれた。左の建物の屋根中央は十字架を模している。
 
 
カースル・クーム
カースル・クーム
カースル・クームのメインストリート。人口350人の小村、馬車が行き交った昔も今も大通りは不要、景観の保存が最優先。
 
2012年3月に日本で公開された米国映画「戦火の馬」(S・スピルバーグ)の主人公の実家ロケ地はダートムーア(デヴォン州)。
馬の売買シーンのロケはカースル・クームでおこなわれた。カースル・クームでの撮影は10日間(2010.9.21−10,1)つづき、
撮影のあいだは村に柵が設けられ入村が制限された。そのことに憤る住民がいたのは当然である。
 
 
カースル・クーム
カースル・クーム
カースル・クームはコッツウォルズに点在する町や村と共に観光客に人気がある。
 
 
カースル・クーム
カースル・クーム
カースル・クーム
カースル・クーム
晩夏の夕刻(午後7時半ごろ)。煙突の煙が郷愁をさそう。
 
 
カースル・クーム近郊
カースル・クーム近郊
フットパス
フットパス
朝の散歩。早い時間に歩いているのはおおむね英国内からの旅行者、あるいは米国人。
まちがっても、フランス、イタリアの旅人ではありません。特にイタリア女性は、歩かざること岩のごとし。
 
 
モルバラ
モルバラ