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門を入ってすぐ右に受付。石畳を進むと右側に「渉成園 園内マップ」の掲示板。正面つきあたりを左に曲がる。
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渉成園は東本願寺の飛地境内地、すなわち別邸。東本願寺の東にある土地を徳川家光が寄進し、作庭したのは石川丈山と伝わっています。
敷地面積は約10600坪。明治下半期以降、庭園を維持管理している造園業者は、南禅寺の御用庭師をつとめ、渉成園のほかに
金戒光明寺、無鄰菴、何有荘などの庭園整備を手がけているといいます。
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紫式部の花期は6月下旬〜7月下旬。10月〜11月に野山を歩くと紫色の実を目にします。
夏に緑色だった実がきれいな紫色に。
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傍花閣の左右に階段の入口(山廊)が設けられ、二階に四畳半の部屋があります。一風変わった数寄屋造。
明治25年(1892)に再建されたとか。
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ホオノキはモクレン科。平地より山間を好んで自生し、葉に殺菌効果があることから古来、食器代わりに使われています。
ホオの葉は熱に強く、温泉宿の朴葉(ほおば)味噌、包むと日持ちするので朴葉寿司に利用されたり、ホオノキの材質は
やわらかく加工しやすいということで下駄、まな板などにも利用されています。
花期は5月、モクレンを思わせる花で甘い香りを放つのですが、今回はパイナップルのような実がなっていました。
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「回棹廊」手前の池の端にサルスベリの大木が。花はまだ咲いていなかったけれど、これからお盆にかけて次々と咲き、
お盆ごろに満開になるのでは。
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回棹廊(かいとうろう)は安政の大火(1858)で焼失後、明治17年(1884)に再建。屋根は檜皮葺。
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紫藤岸(しとうがん)の藤棚はかつての野生の藤に棚を設けています。
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茶室「縮遠亭」も安政の大火による焼失後、明治17年に再建されました。
右側の上段の間は三畳敷で舞台造りということです。
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池を覆い尽くさんばかりのスイレン。やかましくもあり、暑苦しくもあり。
京都の夏も近年チャイニーズが激増、どこへ行ってもわがもの顔で闊歩しております。この日、この時刻、チャイニーズは皆無。
西洋系が10数名、東南アジア系が数名。その人たちはマナーもよく、静かでした。
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正面上に見える建物「漱沈居」(そうちんきょ)の名は、旅路にあるという意味の「漱流沈石」に由来するそうです。
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京都タワー借景庭園と口からでまかせを言ってもいいようなロケーション。
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ろう風亭(ろうふうてい)の再建は比較的早く、慶応元年(1865)。「ろう」は門(門構え)のなかに良と書き、「ろう風」は崑崙山脈の
頂部にあるとされる山の名からそのように名づけられたといい、賓客を迎える客間としての用を担っています。
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眼下に見える中門の屋根に特色があり、中門をくぐって露地を歩くと茶室(廬菴)。
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画像左に東本願寺、右に渉成園。左下中央よりに京都タワー。右端は鴨川。
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