北イングランド・ノーサンバーランド州の北海沿岸部には寂寥感をつのらせる風景が広がっている。
なかでもクラスター村の北1、5マイルに屹立する孤高の廃城ダンスタンバラ城をみると、
ハイランド・ストーンヘイヴンの北海沿岸にたたずむダノッター城を思わずにはいられない。
 
そして幾多の興亡の末、いまもなおノーサンバーランドの栄華を保つアニック城。
アガサ・クリスティーのミステリードラマを想起させるアニック・ガーデン。
日本のガイドブックにほとんど書き記されていない北イングランドの名所を案内したい。
セント・オズワルドの道
セント・オズワルドの道
 
バンバラ村からクラスター村へB1340を南下。海岸を進行方向左に見つつ、ビードネル(Beadnell)の
手前で右折すると海岸線を離れ、その後ダンスタン(Dunstan)まで南下すればクラスターの標識があり、
そこを左に曲がると、つきあたりがクラスター村。バンバラ村からクラスター村まで約22キロ。
 
セント・オズワルドの道
セント・オズワルドの道
 
リンディスファーン島(ホリーアイランド=Holy Island)でも紹介したが、「セント・オズワルドの道」は
ホリーアイランドを起点とし、バンバラ村、クラスター村などを経由し、セント・オズワルド教会が
建つヘヴンフィールド(Heavenfield)まで歩く全長156キロの巡礼道&歴史探索ルートである。
 
クラスター村
クラスター村
 
クラスター村は北海に面した小さな漁村。人口は約300人(2011年人口調査)。住民の多くは北海産ニシンの
燻製が生業。村の北1、5マイルに屹立するダンスタンバラ城の入口として旅人に知られている。
 
車を村の駐車場に置いてダンスタンバラ城までは徒歩。最大の駐車場は採石工場の跡地に設けられている。
城へのフットパスを歩くのだが、フットパスは駐車厳禁、駐車すると数百〜数千ポンドの罰金を覚悟せねばならない。
 
道しるべ クラスター村
道しるべ クラスター村
 
円いブルーのセント・オズワルド道、ノーサンバーランド・コーストパスのほかに
ナショナルトラストなどの目印が掲げられている。
 
 
フットパスを歩くもよし、浜辺に出て遊ぶもよし、という掲示板ではある。
 
 
クラスター村からダンスタンバラ城の北までエンブレトン湾(Embleton Bay)。
マリンスポーツが盛んだという話は聞かなかったが、そういう海浜では逆に貸切状態で遊べるというものだ。
いままさにゴムボートで漕ぎいでなんとする女性たちを見た。
 
フットパス
フットパス
 
クラスター村の駐車場からダンスタンバラ城まで2、4キロ、徒歩30分。遠いとみるか近いとみるか、
ウォーキング好きとそうでない人とでは見解を異にするだろう。
 
歩きはじめるとダンスタンバラ城が見えてくる。そのすがたを見れば、少しずつ近づいていくのを感じれば、
30分はアッという間だ。いや、むしろ歩きながら城のすがたをもう少し眺めていたい。
 
北海沿岸に立つダンスタンバラ城は孤独感をにじませていた。だがその孤独は、空と海が無限の広がりを
保ちながら奏でるあの調べに似て、どこかなつかしく、清々しかった。
 
 
ダンスタンバラ城
ダンスタンバラ城
 
ダンスタンバラ城が建てられたのは1313〜1322年。
 
ダンスタンバラ城
ダンスタンバラ城
 
 
ダンスタンバラ城
ダンスタンバラ城
 
ダンスタンバラ城はバラ戦争(ランカスター家とヨーク家の30年にわたる権力闘争 1455−1485)という
残酷な運命に翻弄され城は残骸と化した。分厚い城門だけが堂々たるすがたをとどめ、北海を見おろしている。
 
エンブレトン湾&ダンスタンバラ城
エンブレトン湾&ダンスタンバラ城
 
北イングランドはどこでもそうだが、太陽は地面(海面)すれすれの高さまでしか昇らず、そのままの位置で
ぐるりと移動するだけなのだ。夏場の午前10時と午後3時、晴れていても気温はほとんど同じ。
 
エンブレトン湾&ダンスタンバラ城
エンブレトン湾&ダンスタンバラ城
 
城への入場時間は時期によって若干のちがいはあるが、
夏期は10:00−17:00。冬期は10:00−16:00。冬期は日によって閉門日もある。
入場料は5、4ポンド(2018年)。
 
 
エンブレトン湾&ダンスタンバラ城
エンブレトン湾&ダンスタンバラ城
 
 
ダンスタンバラ城
ダンスタンバラ城
 
 
帰路 ダンスタンバラ城
帰路 ダンスタンバラ城
 
遠くからみるほうがステキな人がいる。しかし私たちが魅了されるのは近くでみてもなお惹かれる人である。
 
廃城は遠くにみるほうが美しく清々しい。一方で孤独感は近づくにつれて高まる。旅人が寂寥感にとらわれるのは
いつも心に刻印された風景に別れを告げ、その瞬間、昔日の特別な人を追懐するときだ。
 
人生の幕がおろされようとするとき去来するのは、老いてなお清々しさと美しさをとどめる風景なのである。
 
エンブレトン湾
エンブレトン湾
 
時計の針にあわせるかのごとく潮が満ちてくる。満ち潮が徐々に砂浜をおおう。さらば、孤高の廃城。
 
アニック
アニック
 
クラスター村をあとにして13キロ南西のアニックに向かった。陽は西にかたむき、
人口約8100人のアニック(Alnwick)に影を落としていた。
 
Alnwickと書いてアニック。英国の地名には英国人に聞かないと正しく発音できない名もある。
 
コーンウォールのMouseholeはマーゾル、サフォーク州のLavenhamはラヴェナム、
ウェールズのLlangollenはスランゴスレンといった案配。
 
アニック マーケットスクエア
アニック マーケットスクエア
 
北イングランドとなれば6月下旬の日は長い。午後10時でもこの調子だ。
マーケット・スクエアの灯が点されても空は明るい。このイス、通称ドラゴン・シートと呼ばれている。
 
 
アニック
アニック
 
アニック滞在2日目はアニック城、アニックガーデン。その前に街歩き。
劇場&軽食喫茶&ETC。名前は不覚にも忘れ、通りがかりの人に聞いた「180席の映画館も入っている」
だけおぼえております。
 
パブ「オールド・クロス」 アニック
 パブ「オールド・クロス」 アニック
 
200年以上前、「「Ye Olde Cross」と呼ばれていたパブ「オールド・クロス」の窓に
飾られていた4本のボトル。
 
パブの店主がボトルを移動した直後に死亡、夫人が夫の死に関係があると噂され、ボトルの
呪いだと口からでまかせを言う者があらわれる事態となり、たまりかねた未亡人が言ったのか、
またはほかの誰かなのか、4本のボトルを汚れたビンと呼んで、ガラス窓のなかに閉じ込めたという。
 
ダーティ・ボトル
ダーティ・ボトル
 
 
パブ「オールド・クロス」 アニック
パブ「オールド・クロス」 アニック
 
ダーティ・ボトルか、オールド・クロスか、どっちが店名なのかそのうち忘れるかもしれない。
 
グラニーズ
グラニーズ
 
各種紅茶とジャムなどを販売する店。左はティーショップの入口。茶葉が新鮮で、淹れ方もよいのか、まずまずの味。
(アニック城と庭園見学後に入店)
 
アニック城
アニック城
 
アニック城(Alnwick Castle)ほど歴史のまにまに翻弄された城も少ないだろう。
1096年、イングランド・スコットランド境界の重要拠点とみなされ建設がはじまったアニック要塞は、
中世以来戦闘が絶えなかった。
 
13世紀に入って北イングランドの諸侯と組んだユースタス・ヴィシーがジョン王にマグナ・カルタを要求。
それに怒ったジョン王によりアニック城は焼き打ちにあい焼失した。
 
13世紀末アニック城はダラム司教が買い取ったが、パーシー男爵(ウィリアム制服王とイングランドに渡ってきた)
がアニック城をダラム司教から購入、2代目パーシー男爵ヘンリーが大改修を施し、石造りの城となる。
 
アニック城
アニック城
 
パーシー家の名を喧伝したのはシェイクスピアだ。1377年に創設された初代ノーサンバーランド伯爵は
即ち第4代ヘンリー・パーシー男爵。
ノーサンバーランド伯爵に叙したのはリチャード2世(1367−1400)で、王の戴冠式直後の1377年である。
 
シェイクスピアの戯曲「リチャード2世」で初代ヨーク公エドマンド・オブ・ラングリー(1341−1402)
はリチャード2世のアイルランド遠征中の守備役を任される。
甥のヘンリー・ボリングブルック(後のヘンリー4世 1367−1413)の挙兵に抗しきれず降伏した。
ヨーク公エドマンドはエドワード3世(1312−1377 羊毛商人王)の五男でリチャード2世の叔父。
 
アニック城
アニック城
 
ノーサンバーランド伯ヘンリー・パーシーはヘンリー4世の即位に尽力したが、論功恩賞は十分に果たされず、
結局ヘンリー4世に反旗を翻す。
1405年に反乱を企て、1408年、3度目の反乱で戦死。この経緯もシェイクスピア作「ヘンリー4世」に
巧みに描かれている。
 
アニック城の歴史でこれはと思えるのは15世紀初めまでかもしれない。
 
ヨーク公 エドマンド・オブ・ラングリー
ヨーク公 エドマンド・オブ・ラングリー
 
映画「嘆きの王冠」7部作の「リチャード2世」でヨーク公エドマンド・オブ・ラングリーを
演じたデヴィッド・スーシェ。
いうまでもなくデヴィッド・スーシェはNHKドラマ「名探偵ポワロ」のポワロである。
ポワロの体型は変装。実物のデヴィッド・スーシェの背中はまっすぐで、腹もほとんど出ておらず、
シェイクスピア役者だけに若々しい。
 
リチャード2世は「007」シリーズのQ役ベン・ウィショー、ノーサンバーランド伯ヘンリー・パーシーは
デビッド・モリシー。錚々たる顔ぶれ。
 
英国ではテレビ映画として前半(「リチャード2世」〜「ヘンリー5世)を2012年、
後半(「ヘンリー6世第1部」〜「リチャード3世})を2016年に放送。
 
日本で劇場映画として一般公開(大阪)されたのは2017年4月8日〜5月26日。各々の作品は1週間のみ、
しかも一日2回の上映だったこともあり、ちょうどそのころ引っ越し準備と引っ越し後の片付けに忙殺され、
「ヘンリー4世第1部」だけ見逃した。
 
エクセター公 トマス・ボーフォート
エクセター公 トマス・ボーフォート
 
「嘆きの王冠」の「ヘンリー5世」でエクセター公トマス・ボーフォートを演じたアントン・レッサー。
テレビではWOWOWで放送された「刑事モース」のオクスフォード警察・警視正役をやっている。
アントン・レッサーは「ヘンリー5世」、「ヘンリー6世第1部」、「ヘンリー6世第2部」と3回連続出演し、
存在感を示した。
 
英国の役者がやってこそのシェイクスピア。英国の役者は演技しているようにみえない、役のハラができている。
役者の真骨頂は演技ではない、役柄の人間そのものを生きる。
読書で想像力を総動員しても、英国のうまい役者がやるシェイクスピア劇の立体的で、
体液が血管をかけめぐり鳥肌の立つ感触や、眼前の生々しい人間の迫力を実感することはないだろう。
 
アニック城
アニック城
 
ノーサンバーランド伯・爵位の有為転変は英国貴族史にみられる興亡に沿うかたちで変化。血縁による養子縁組、
奥方の実家から爵位を継ぐ者もあり、廃位と復活は何度もくりかえされた。
 
1551年、ノーサンバーランド公爵(初代)に叙せられたのはジョン・ダドリー(1502−1553)だが、
メアリー・テューダー(メアリー1世)と争い、大逆罪で処刑、爵位も剥奪された。
1716年、跡継ぎのいなかったノーサンバーランド公爵ジョージ・フィッツロイの死去により爵位は廃絶された。
 
現在につながるノーサンバーランド公爵は、1766年公爵に叙せられたヒュー・パーシー(1714−1786)。
現12代目ノーサンバーランド公爵ラルフ・パーシー(1956−)と妻ジェーン(1958−)はアニック城と
ミドルセックスのシオン・ハウスに居をかまえている。
 
アニック城内 博物館所蔵
アニック城内 博物館所蔵
 
一見ガンダーラ仏。顔も衣紋も、図像学的にみれば贋作にみえる。
目と口元も米国俳優ジェームズ・フランコに似て、ウソくさい。
 
ノーサンバーランド公関係者が植民地時代のインド(現パキスタン)のラホール
あたりで贋作をつかまされたか。
 
真偽はガンダーラ仏の世界的権威・田辺勝美氏の鑑定を仰ぐほかない。
 
 
アニックガーデン
アニックガーデン
 
 
アニックガーデン
アニックガーデン
 
アニックガーデンの敷地面積は14エーカー(約17700坪)。
営業時間  夏期(3月末〜10月末) 10:00−18:00。 冬期(11月上旬〜3月下旬) 10:00−16:00。 
入場料は12ポンド。(2018年現在)
 
ポイズン・ガーデン アニックガーデン内
ポイズン・ガーデン アニックガーデン内
 
ポイズン・ガーデンのゲートに記された「これらの植物は殺すことができます」(直訳)の文言とドクロが不気味。
ポイズン・ガーデンの創設者はノーサンバーランド公ラルフ・パーシーの奥方ジェーン・パーシー公爵夫人。
2005年2月、英国政府の認可を得てオープンしたという。
 
ジェーンの夫ラルフが代12代ノーサンバーランド公になったのは、ラルフの兄(継承順位1位)の不慮の死による。
よもや毒殺では。
 
ポイズン・ガーデン
ポイズン・ガーデン
 
ポイズン・ガーデンの案内人。右手に鍵を持っている。入場無料。
ただし毒気に当たって体調を損ねても、クレームをつけない方のみ入場可。
 
アガサ・クリスティーのミステリードラマに出てきそうな女性です。
 
ポイズン・ガーデン
ポイズン・ガーデン
 
毒草といえばアガサ・クリスティーのミステリー。クリスティーは第一次大戦終結が間近にせまったころ、
故郷デヴォン州トーキーの病院で働いていた。看護士ではなく薬局勤務だったから時間はたっぷりあった。
そこでクリスティーが習得したのは薬、特に毒薬に関する知識だ。
処女作「スタイルズ荘の怪事件」で使われた毒薬に経験が生かされる。エルキュール・ポワロの登場である。
 
ツリーハウス・レストランへの吊り橋 アニックガーデン
ツリーハウス・レストランへの吊り橋 アニックガーデン
 
 
ツリーハウス・レストラン
ツリーハウス・レストラン
 
外観はおもしろそう。レストランの料理はおもしろくなさそう。試食せず外回りの撮影だけ。
 
ツリーハウス・レストラン アニックガーデン
ツリーハウス・レストラン アニックガーデン
 
 
ツリーハウス・レストラン アニックガーデン
ツリーハウス・レストラン アニックガーデン
 
 
カスケード(人工の滝) アニックガーデン
カスケード(人工の滝) アニックガーデン