ダノッター城はおりからの強風に毅然と屹立し、孤独感をにじませていた。北海に置き去りにされた孤高の
廃城に私たちは圧倒された。
スコットランドで私たちがみたものは、豪華な写真集やガイドブックにはあまり掲載されない風景である。
いわばマイナー中のマイナーといえよう。観光客の心をとりこにする景色ではなく、人に自慢して紹介する
ようなものでもない。
なのになぜか私たちの心にいまなお居座りつづけ、思い出すたびに胸がいっぱいになるのだ。
みたものが深く心に刻まれ、思い出せばかならずそのときの風、空気の色が心中を去来し、出会った
人々があらわれる。
あれはグレン・ライオン(GLEN LION)であったか、霧雨が間断なく舞う細い道を、すれちがう車とてない
ドライブを長時間つづけていたら、遠方に幽かな赤い影が見えた。まもなく車がその影に近づくと、その人は
赤いウィンド・ブレーカーを身にまとい、マウンテンバイクをゆっくりこいでいた。そして、すれちがいざま、
それ以上できないような柔和な面持ちでほほえんだ。
一瞬の出来事だった。しかし私たちには充分すぎる時間だった。神さまがこの旅を守ってくださっている。
そう感じるには充分な時間であったように思う。
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