スコットニー・カースルの歴史は古く1137年、ランバート・デ・スコセニ(仏語読みはランベール 1124−1186)がこの地に邸宅を構えたことに始まる。
13世紀、スコセニ家の子孫ワルター・デ・スコセニは何が原因なのか、グロスター伯爵を毒殺し姿を消したという。
1378〜1380年にロジャー・デ・アシュバーナム(?−1392)がマナーハウスを建て、1418年ロジャーの息子の死後、スコットニー・カースルの所有者は
次々と代わり、1835年に相続したエドワード・フッセイ3世(1807−1894)が大々的な修復を施し、フッセイ3世の息子の甥クリストファーの死後1970年
スコットニー・カースルはナショナルトラストに寄贈され現在にいたる。
☆スコットニー城と表記する場合もありますが、当HPはスコットニー・カースルで統一しています☆
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