2019年10月13日      怪談 牡丹燈籠(三)
 
 「怪談牡丹燈籠」夢のキャスティングを考えてみた。源次郎は悪役をやれば凄みの出る橋之助(現・中村芝翫は太り過ぎなので20年前の)。伴蔵は残忍と滑稽をうまく使い分ける孝夫(当代片岡仁左衛門)。新三郎は若いころの東千代之介。孝助は市川染五郎(当代松本幸四郎)。平左衛門は中村吉右衛門。山本志丈は谷原章介で可。
ほかに中間役に不破万作、螢雪次郎。逃亡したお国が酌婦となる料理屋(宿)の亭主に織本順吉。
 
 伴蔵がお峰を殺すシーンは、女房を殺める前に凄惨さが出なければならない。当代仁左衛門ならそういうハラでやる。するとどうなるか、顔色がさっと土色に変る。芸とはそうしたものである。お峰もまさか殺されるとは思っていない。
平左衛門の娘お露は男を知らない。男を知らなくても色気がただよう女はいる。が、色気は隠して芝居せねばならない。ではどういうハラでお露をやればよいか。局所を貫かれた経験はないという気持ちで演じる。
 
 お国は30代後半の京マチ子。お米は声に潤いがあり、低音の効く戸田菜穂で結構。お露のお供をするお米が、燈籠を下げて歩くカランコロンの下駄の音が不気味。お露は20代の香川京子、または桑野みゆき。迷ったすえに桑野みゆき。お峰は難題。いっそ田中絹代。
 
 役づくりについて何かのテレビ番組で池上季実子が語っているのは、「台本をもらって何回も読み、次に自分の役を中心に声を出してせりふを読む。役のなかの自分のテーマが決まるまで読む(この場合テーマはハラの意)。生理的に合わない、理解できない役の場合は特にくりかえし読む」。
 
 しかしだからといって役づくりは芝居の難しさを知っている人ほど苦労する。独身女優に人妻のオファーが来て困ったのは昔の香川京子だけではない。いまの独身はほとんど意にも介さないだろうが。
 
 池上季実子が時代劇をうまくやるのは、子どものころそういう環境で育ったからだ。どこかで記したように祖父8代目坂東三津五郎(1906−1975)の京都の家にいて、祖父の生活、南座の舞台、楽屋で江戸時代の風をなびかせる歌舞伎役者を見ている。役者の日常や生活になじめば、おぼえようとしなくても身体がおぼえる。
 
 明治期から大正期、大部屋の歌舞伎役者は地方巡業に出ることが多かった。田舎の芝居小屋は舞台に粗末な屋根があっても、客は地べたにゴザやムシロを敷いた露天、雨の日は芝居できない。貧乏役者は遊びようにも持ち合わせがない。そこで、にわかづくりの粗末な楽屋に集まって怪談ばなしをする。
 
 そういう昔を偲びつつ、大部屋でないので地方巡業はすくなかった8代目三津五郎が子ども時代に体験した話。
 
 「父(7代目三津五郎)や叔父の勘弥(13代目守田勘弥)が中心になって怪談ばなしをやる。私たち子役は仲間に入れてくれなかった。東北巡業中の宿屋で土蔵の隣の部屋に燭台を10本立て、話がひとつすむごとに誰かが消す。あと2本消せばおしまいというとき座敷の電気が消えた。
夏のことで、庭の石燈籠に灯がついていた。電気が消えたとき石燈籠の灯も消えたというのだ。そして電気がついたとき石燈籠の灯もついた。しかも子どものいた部屋の電気は消えなかった。燭台を置いた部屋はつい先月、2年ほど病気をしていた宿屋に娘が死んだ部屋だった」(坂東三津五郎「劇場戯語」)。
 
 幼少期、怪談映画をさんざんみた者として思うのは、これでもかというホラー映画は露骨でおもしろくない。亡霊となっても死ぬ前は生身の人間である、単に恐いだけでは余韻が残らない。
お露の死は焦がれ死にという特殊な死に方である。強い未練が新三郎に会いに行かせる。さまよわずにはおれない心情を気の毒と思わせられればリアルな芝居となるだろう。リアルとはそのものずばりではない、想像力が生みだすリアルさである。取り憑く女、取り憑かれる男は身近にいるかもしれないのだ。
 
 忙しさを口実にして逃げる男女は怨霊に憑かれにくく、そういう世の中になって久しい。自分自身に言い訳しながら身体を張るのを忌避するような男女には生霊さえ憑かないだろう。冷淡な、もしくは健忘症の男女も憑かれにくい。
 
 過去を顧みない人間は亡霊にとって一片の価値もない。一瞬を記憶する者、過去を大切にしている者に対してなら取り憑く値打ちがあるというものだ。亡霊は人を選ぶ。
生死が分かたれてもかまわない。後先のちがいだ。仕返しでもない、助けを求めにきたのでもない、叶わぬ望みとわかっていてもそばにいたい、運命を共にしたかっただけである。

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