2019年7月6日      忠臣蔵と大富豪同心(二)
 
 テレビドラマ「忠臣蔵の恋」後半は、浪士の眠る泉岳寺へ墓参した主人公きよが、吉良上野介正室・富子と遭遇するところからはじまる。きよは赤穂浪士と協力し、上野介の面体をさぐるため、経歴と名を偽り吉良家に奉公していた。
 
 討入り後、テレビドラマは富子の無念を描写しており、富子役・風吹ジュンの力量は十分とはいえないが、それなりに演じた。少なくとも「元禄繚乱」で妖怪のごとき富子を演じた夏木マリよりまし。だが、泉岳寺遭遇の場の葛藤、苦悩をうまく表現できていない。顔をつくるだけでハラが薄いのである。きよとの差は大きい。
富子が夫の横死をどう感じたか不明として、死なれてみれば一抹の無念はあったかもしれない。しかしそれよりドラマをみる者の思いにポイントはあるだろう。無念の理解度は経験の深浅により、表現力は感性の豊貧、ハラの厚薄による。
 
 浅野内匠頭役・今井翼のせりふ回しはほめられない。が、役のハラができており、ちょっとした表情にそれらしさが出ていた。「元禄繚乱」の内匠頭・東山紀之より上。内匠頭を当たり役とした東千代之介がなつかしい。
内匠頭の正室・阿久里(瑶泉院)は田中麗奈。「花燃ゆ」の毛利安子に較べるといまひとつだが、毛利安子をやって以来、時代劇の出演が多くなった。役のハラができたからである。吉良上野介は伊武雅刀。
 
 真偽はともかく、後にドラマはこう解説する。内匠頭を間髪入れず厳罰に処した綱吉は、事件当日、母桂昌院の従一位宣下を勅使より承る予定であったことから激怒した。
綱吉治世前半の評価はまずまずとして、母一番という特質がなければ、後半の悪政は程々の体におさまっていたかもしれない。生類憐れみの令の言い出しっぺは桂昌院と関係のあった僧骭(1649−1724)というが、桂昌院にも問題はあったろう。
 
 泉岳寺墓参後きよは徳川綱豊(家宣)の「桜田御殿」に奉公する。これが運命の分かれ目。綱豊の目にとまるのも、側室に選ばれるのも容姿の美しさ、あでやかさなのだが、生類憐れみの令を発布して万民を苦しめた綱吉とちがって綱豊は聡明、慎重であったとされる。選ばれ、寵愛されるほうも利発だったにちがいない。
 
 桜田御殿には、きよの教育係として江島(清水美沙)がいる。スパルタ教育の権化ともいうべき役なのだが、どこか憎めない。そこがうまい。過去のヒロインと現代のヒロインという経緯を知る者に共演シーンは見もの。動の江島、静のきよ。陰陽そろってドラマは成り立つ。
とかく退屈になりがちな女同士の場を、くそ真面目で厳しい江島、やれやれと従うきよが息を合わせ、緊張感と滑稽味あふれる場にしたのはお手柄。
 
 綱豊正室・近衛熙子の川原亜矢子がよかった。ずいぶん以前、何かのドラマで川原亜矢子を一度みたことがあるような記憶はあるけれど、たいしたことはなかった。クセのある顔に個性を感じた程度。
熙子の公家ことばが板についており、近衛家出身の品格、高慢、京女独特の嫌味もよく、雰囲気、せりふ回しも上々の熙子である。調べたら、「北条時宗」で近衛宰子をやっている。そのときみたのかもしれないが、格段にうまくなっている。豪華で品のある生地と色柄の着物や、打ち掛けの着こなしも堂に入っていた。
 
 毅然さを失わず、しかし熙子にふりまわされる江島ときよ(側室・左京の方)はドラマ後半の見もの。綱豊は将軍着任後ただちに生類憐れみの令を廃止する。
左京の方から月光院となってゆく「きよ」の折り目正しい挙措動作、周囲への思いやり。左京の方に尽くす江島、各々みせどころである。御典医役の麿赤児はカツラをつけなくても姿形、雰囲気、ハラ、すべて御典医そのもの。
 
 1701〜1702年の元禄赤穂事件を広く世に知らしめたのは46年後(1748)の8月道頓堀「竹本座」、12月「大坂嵐座」、人形浄瑠璃と歌舞伎の初演である。
当時、二代目竹田出雲は存命で、竹本座も隆盛の名残をとどめ、「仮名手本忠臣蔵」の大入りもあって賑わった。だがその後、人形浄瑠璃の客足が遠のき衰退の一途をたどる。興行人気は歌舞伎へ移ってゆく。
 
 「仮名手本忠臣蔵」は十一段の通し狂言。各段の随所に見せ場がちりばめられている。だが作者は事件の性質や重大性について顕示せず、残された家臣と家族の行く末をみている。
忠孝のために家族は犠牲となる。その典型が五段目、六段目。そして九段目。それらはいわば家庭内悲劇なのだ。立役者大星由良助さえ英雄扱いしない。由良助は辛抱立役だ。苦労しない人間はいない。江戸期以来、歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」が支持された所以である。
 
 映画、ドラマは、歌舞伎の脚本、演出、役者のすべての点で劣る。歌舞伎ほどに練り込まれておらず、歌舞伎役者のように日々稽古をつみ、修練をかさねていない。
中村勘三郎(当時・勘九郎)が主役をつとめた「元禄繚乱」であるが、勘三郎は大石内蔵助のニンではない。中村屋は十七代目から歌舞伎役者・中村勘三郎となり、元は座元(中村座)。先代は高師直(吉良)役者であり、勘平役者。十七代目は桃井若狹助(もものいわかさのすけ)、および勘平役者。
 
 家の芸ではない由良助は歌舞伎でやらない、やらせてくれない。「テレビかい」と思ったかどうか、いや、テレビであっても勘三郎はやりたかったにちがいない。フタをあければさすがに歌舞伎役者。シリアスなシーンなら緒形拳や江守徹でも問題なくやれるが、遊びのシーンは歌舞伎役者である。芸の熟達度がちがう。
 
 勘三郎父子は一級の芸を持っていた。役にはガラやニンがあって、片岡仁左衛門はほとんどの役をこなすけれど、助六はムリ。勘三郎も芸幅は広いが助六はムリだし、弁慶もしんどい。外見上のガラが合っていないからだ。
ニンは外見ではなく性根、あるいはハラ。これがむずかしい。なぜなら、性根とかハラを表現するのは役者の感性であり、感じるかどうかもわれわれの感性だからである。
 
 そういうことを経験し、理解した上で、ドラマ「忠臣蔵の恋」の武井咲(えみ)、福士誠治、泉澤祐希、清水美沙、川原亜矢子、麿赤児はうまい。忠臣蔵の視点を新鮮なものにした原作の功績は大きく、演出が冴えていたとはいえ、役者も揃い相乗効果をかもしだしたのだ。エミちゃん、やるじゃない、私も負けていられないというふうな。
 
 毛利小平太ときよが木にしるしをつけ、連絡を取り合う氷川神社。すぐ思い出せなかったが、50年前、渋谷の下宿先から山種美術館まで歩いたとき、道に迷ったあげく行きついたのが「氷川神社」だった。
渋谷にこんな広い場所があるのかと感心した。同名の神社は都内にないからそこだ。ドラマに登場する神社らしき場所は氷川神社とちがっても、妙になつかしかった。
 
 さて、テレビドラマ「大富豪同心」である。主役は中村隼人。隼人は歌舞伎役者中村錦之助の長男。錦之助は信二郎時代が長かったせいか、萬屋錦之介の前名がそうであったからか、最近ようやく名前に慣れた。隼人の伯父は五代目中村時蔵、萬屋錦之介は大叔父である。曾祖父三代目中村時蔵からの女形。隼人の父錦之助は兼ねる。
 
 かつて二代目尾上松緑、長谷川一夫(歌舞伎から映画入り)、七代目尾上菊五郎、市川團十郎、中村橋之助(芝翫)、中村勘三郎、市川海老蔵などが時代劇の主人公をやったように、大河ドラマではないが隼人にも出番が回った。弱冠25歳。にもかかわらず、コメディタッチのやわらかい癒やし系の同心を見事に演じている。
 
 共演者はベテラン竜雷太のほかに時代劇に適した中堅・村田雄浩がいい味。渡辺いっけいは悪のり気味だがまずまず。女優では稲森いずみが光っている。この人、現代劇より時代劇が似合う。
「義経」で流麗な義経(滝沢秀明生涯の当たり役)の生母常磐をやった。まことに結構な常磐であった。その気品といい容姿といい、義朝の側室、清盛の愛妾。一条長成(一条大蔵卿)の妻となったとされる人生は、常磐の容姿がいかにすぐれていたかを物語る。 
 
 「篤姫」では常磐とガラリと様相の異なる大奥筆頭年寄り・瀧山。これがまたなんとも貫禄十分。凛としたところと妖しい雰囲気を併せもち、特に自分の部屋で長煙管(ナガキセル)をくゆらせるシーンの表情といったらなかった。瀧山の稲森いずみはビッグ・キャット。50年前の英国ではジャガーをそう呼んでいた。ジャガーは動物であると同時に英国の名車だった。
歴史上の瀧山は心を読むすべに長け、世話好きで心配りも十分であったといい、それはそれとして、ちょっとした役の工夫が人物に奥行きとミステリアスなおもむきをもたらす。
 
 「大富豪同心」の稲森いずみは深川芸者。大富豪同心の隼人が贔屓にしている料理茶屋に出入りする売れっ妓。色気が売りの「はすっぱ」芸妓とちがって品がある。隼人との会話シーンが多く、粋な料理茶屋の一室でくつろいでいる。深い仲ではなく、深い話のできるなじみの客と芸者。隼人と稲森いずみのうまさである。
会話は主に稲森いずみが押し、隼人は引く。 夜、料理茶屋の門口にかかる渋いオールドローズ色の暖簾。昔なつかしい祇園花見小路の風情。     
 
 歌舞伎役者との共演は、花形といわれる若手であっても、歌舞伎役者の何たるやを知る俳優にとって荷が重いこともある。隼人の芝居は若者らしい軽妙洒脱と情に満ち、共演者の気持ちをほぐし、イキを合わせてしまう。
ふとした瞬間、大叔父萬屋錦之介に似る面立ち。七代目菊五郎の娘・寺島しのぶは、血がつながっているかどうか不明であるのに、面長な顔と細い目が家系上の高祖父・五代目菊五郎に似ている。ここだけの話。
 
 「忠臣蔵の恋」、「大富豪同心」の演出は偶然、伊勢田雅也ほか。過去の時代劇の二番煎じでないところがよく、演出も配役も大吉。一方をみて感動し、他方をみて笑う。ともにステキな時代劇である。

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