人情時代劇ファンが惰性でみるドラマ「善人長屋」はおもしろくない。時代劇が似合う出演者は数えるほどしかおらず、脚本も駄作。主人公(中田青渚)も溝端淳平も一本調子。
ひとり気を吐いているのは高島礼子。「御宿かわせみ」の「るい」役で鳴らしただけあってさすがに合っている。江戸期の風をなびかせ、運んでくる。5話まで惰性でみてきたが、第6話は脚本もゲストも別のドラマかと思うほどのできばえ。
第六話「雁金貸し」の女金貸の佐藤江梨子がいい。そして桜庭ななみが秀逸。桜庭ななみは主人公の姉で、善人長屋の住人の裏稼業も気にくわないが、両親が盗品を売りさばくことを許せず、祝言を契機に家を出たまま二度と帰らない。なに、住人は裏稼業を持つ悪党だけに悪知恵がはたらき善をおこなう。
生一本な役柄は桜庭ななみの本分。角々の芝居が冴え、決まっている。食材を届け、姉夫婦のために下働きする溝端淳平もここで本領発揮。「ぬけまいる〜女三人伊勢参り」(2018)で好演した佐藤江梨子は時代劇がさまになってきた。柳沢慎吾もせりふ回しがうまくなった。
映画「最後の忠臣蔵」(2012)で大石内蔵助(片岡仁左衛門)の隠し子を演じた桜庭ななみは主役の役所広司、佐藤浩市に寄り添っているかのような芝居をした。初々しさをみせながら落ち着いていた。
本人は大石の娘であることを知らないけれど血脈は争えない。せりふは口先で言うものではない、ハラで言う。せりふを言わない場面でも役のハラをみせることのできる女優。
庶民の交通手段は徒歩、通信は飛脚。電気もガスも保険もなかった時代。いったん火が出ると延焼は避けられず、財産も命も失う時代。訪問できなくても心を通い合わせ、約束の時間に遅れても待つしかなかった時代。信頼は値千金。
21世紀にそういう人間関係をきずくのは難しい。経験が乏しいのに何でも知った気でいて、世の中のことに高をくくっている人間ほど相互信頼は困難だろう。傷つくことに慣れておらず、傷つきたくないから行動しない。行動せずに信頼も何もあったものではない。
気分転換は山ほどころがっている。親切を示しても関わりを持ちたくない。交流を深めず表面でおつきあいする。長いつきあいだとクチではいうが、長いのは期間だけ。
人情時代劇をみて感動するのは、周囲の状況とは異なる人間が出てきて古き良き昭和を思い出し、さまざまな出来事が駈けめぐるからだ。一期一会などというが、21世紀にそんなことがあるのか。通信も交通も整った時代のたわごととしか思えない。
一期一会があるとすれば外国での見知らぬ人との出会いと別れ。茶会の一期一会は非現実というほかない。会いたい人とならまた会いたくなる。そうならないのは心底会いたいと思っていないからだ。あるいはその瞬間の自分たちに二度ともどれないと考えているからだ。
これはと思える人情時代劇は減少しても、脚本、演出、役者が一丸となって取り組めば良き時代を再現できる。「好事門を出でず悪事千里を行く」ではなく、善事万里を行く時代が失われぬよう願いつつ。
主役の中田青渚(せいな)と高島礼子

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