2023年10月16日      螢草 菜々の剣
 
 2019年7月から9月までテレビ放送された金曜時代劇「螢草 菜々の剣」第一回目は「いざ時代劇」2019年7月29日に「赤ひげと螢草(二)」に記しました。主人公・菜々役の清原果耶は当時17歳でしたが、大女優の道を歩むかもしれないと思えたし、なによりも人情時代劇をみたかった。少なくとも4話くらいみて書けばよかったと思いつつ歳月が過ぎ、BDにダビングしていた螢草(全7話)の視聴を2023年10月14日に終えました。
 
 第1話、2話をみて、助演の谷村美月が期待通りの芝居をしていたことのほかに、真摯で精錬な役にふさわしいハラのある芝居をみせた町田啓介に感心。菜々が知り合う浪人役・松尾諭も意表を突く抜擢。腹をすかせ木に寄りかかって座る浪人に菜々は声をかけ、近くの茶店でだんごをふるまう。
 
 螢草の原作(葉室麟著)によると菜々は武家の出、母が遺した20両の一部を小分けにして帯に隠している。すさまじい数を食べた壇浦五兵衛(だんのうらごへい)は剣豪にみえない身体つきなのだが、「三匹の侍」の長門勇がすばらしかったように剣士の構えと目が堂に入っている。
菜々は「だんごべい」と呼び、ほどなく藩の剣術指南役になったと知る。だんご代を払うと言う彼に対して菜々は剣の教えを請う。父を陥れ、切腹に追い込んだ男に一矢報いたい。男(北村有起哉)は藩御用達の商人と組んでいる。
 
 殺陣は能とおなじように構えがさまになると見栄えもいい。そこのところが松尾諭も清原果耶もうまい。
菜々がだんごべいに稽古をつけてもらっている場面で原作は、「木刀の風を切る音が凄まじく、ひとつひとつの動きが舞のように緊迫した美しさをたたえていた」と記し、ドラマでは「大切なものを守るため、邪念を捨てて強くなるのが剣の修行だと心得よ」と彼は言う。感心した菜々が益々剣術を習いたいと意欲的になる顔もいい。
 
 幼いころ母を亡くした菜々は農家に引き取られるが、そのとき菜々を妹のように世話し、菜々が貧しい武家の女中としてはたらき、野菜も事欠くありさまに助けを求められ協力する役の松大航也(まつだいこうや)も誠実な若者を好演。菜々が仕える武家にはちいさな子が2人いて、下の女の子がこれはと思う芝居をする。
 
 子どもたちをかどわかされ、菜々は小屋のなかで悪党に立ち向かう。だんごべいが教えたとおりに相手を打ち負かすシーンは、使命感と責任感、実行力に満ちた菜々の剣の見せ場である。人情時代劇に必須の笑いあり、涙あり、必要なときに必要な人物が登場し、むだなシーンやせりふもなくテンポがいい。
 
 町田啓太の仕所は菜々との心のつながりを視聴者にみせること。せりふのないときの表情がいいのは、そういうハラができているからだ。
不正に目をつぶり、己と家族のために忠義を棚上げし沈黙する人間が時代劇の中心人物ならドラマは成り立たない。菜々のひたむきさに共鳴し、視聴者も呼応できる人柄が伝わってくる町田啓太は最適のキャスティング。
 
 ドラマ最終話大詰は「時代劇ここにあり」。いいものは2度みてもいい。文章が時として説明的で冗長とも思える原作「螢草」のお終い数行に、だんごべいが語った文言が記されている。読んだら菜々と一緒の気持ちになって目が潤んだ。
 
 「京都人の密かな愉しみ」2017年5月放送「桜散る」の「逢瀬の桜」に陶芸家(益岡徹)の後妻(高岡早紀)と駆け落ちする仏師役で出ていた白井晃(あきら)演出の舞台劇「ジャンヌ・ダルク」(東京公演2023年11月28日〜12月17日)の主演は清原果耶。舞台初経験。2014年のジャンヌ・ダルクは有村架純だった。ことしの「ジャンヌ・ダルク」は福士誠治や深水元基も共演する。男たちの共通点は「京都人の密かな愉しみ」。
 
 清原果耶、21歳。まだまだこれからの女優。英国の俳優のようにそのつど役の人生を生きる役者になるため、先達のすぐれた芝居を吸収し自分のものにする。
朝ドラ「おかえりモネ」の脚本は惨憺たるありさまで、共演者・竹下景子、夏木マリもまったく参考にならず、大河ファンタジー「精霊の守り人」は駄作で栄養分ゼロ。「マンゴーの樹の下で」も岸惠子が出たわりにパッとしなかった。「ジャンヌ・ダルク」は女性の共演者にめぐまれたとは言いがたいけれど、観客の直接反応から修得する何かを期待したい。
 


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