2024年11月16日      いやさ、お富
 
 「ご新造さんへ、おかみさんへ、お富さんへ、いやさ、お富、久しぶりだなあ」は切られ与三郎が「与話情浮名横櫛」(よわなさけうきなのよこぐし)の「源氏店の場」で言うセリフ。無頼の徒に身をやつしても小間物屋の若旦那の品と純な心を失っていない美男・与三郎を描いた名場面、15代目片岡仁左衛門の当たり役。
 
 与三郎は養子にもらわれたあとに生まれた実子に家督をゆずりたいと決意、放蕩三昧に明け暮れ、養父は匙を投げて木更津の親戚に彼を預けたのだ。
潮干狩りに出かけた与三郎は深川の元芸者で、やくざの親分の妾になっているお冨を見初めてしまう。お冨に誘われ逢瀬を重ねたが発覚し、やくざにめった切りにされる。お冨は海に身を投げたのだが、通りかかった舟に救助される。3年の歳月が流れ、冨の住居とは知らず蝙蝠安と金の無心に訪れた与三郎はお冨に再会。
 
 1954年、春日八郎が歌って空前の大ヒットをした「お富さん」の歌詞はいまでもおぼえている。「粋な黒塀(くろべい)見越しの松に 仇(あだ)な姿の洗い髪 死んだはずだよお富さん 生きていたとは お釈迦さまでも知らぬ仏のお富さん」。
 
 仁左衛門(孝夫時代)の与三郎初演は昭和57年3月の歌舞伎座。お富は玉三郎。以来、御園座(昭和59年10月)、新橋演舞場(平成2年6月)など4度にわたり与三郎をやったが、平成4年2月の南座は関西初お目見え。見逃せば次回いつなのか、最初で最後になることもある。
 
 この芝居に欠かせないのは蝙蝠安(こうもりやす)。お富から金一分せしめた小悪党の安は帰ろうとする。「このご時節に一分わらじ銭をおくんなさりゃ御の字じゃねえか。よくお礼申しておいとましろよ」と与三郎に言うのだが、与三郎は「てめえ、それでよけりゃ先へけえれ」と素っ気ない。
 
 安は小汚い身なりをして下品だが、嫌悪感を催させず、滑稽味がある。四代目・市川左團次の安は秀逸。与三郎はつづけて言う、「一分もらって有り難うごぜえます、と礼をいって帰るところもありやァ、百両もらっても帰られねえ場所もあらぁ」。そして安に一分を返せと促す。セリフ回し、間の取り方も左團次はうまい。
 
 そこで、「もし、ご新造さんへ、おかみさんへ…」となる。与三郎が「お富さんへ」と言い、お富は「そういうお前は」と返し、「与三郎だ。おぬしァおれを見忘れたか」で両手を組んできまる姿のよさ、美しさは仁左衛門ならでは。「えェ」と驚くお富。客席大向こうから待ってましたの声がかかり、名セリフ「しがねえ恋が情の仇(あだ)」が始まる。
 
 セリフの続きを知りたい人のために。「命に綱が切れたのを、どう取りとめてか木更津の、めぐる月日も三年(みとせ)越し、江戸の親にやァ勘当うけ、(中略)、ツラに受けたる看板の、疵(きず)がもっけの幸いに、切られ与三郎と異名を取り、(中略)、死んだと思ったお冨たァ、お釈迦さまでも気がつくめえ。安、これじゃ一分で帰られめえ」。
 
 強請(ゆすり)、騙(かた)りに身を落としても品を失わない与三郎。そういう柄(がら)は演技で表現できるものではない。仁左衛門の後進に当分、おそらく数十年以上、与三郎役者は出ないだろう。美男も必須条件。
セリフ回しにしても、凄味と気品を半々に、しかし品が勝る。それをうまくやらねば与三郎はつとまらない。戦前、名優の誉れ高い十五代目市村羽左衛門が与三郎を見事にやったが、昭和20年、70歳で旅立った。
 
 お冨は五代目中村時蔵。長火鉢(関東火鉢)の前に座って長煙管(ながきせる)をくゆらしている。長煙管の回し方が堂に入り、いかにも深川の元芸者と感じさせる粋で妖しい風情。
 
 与三郎が文句をならべていると、お富を救ったこの家の主が帰ってくる。この場は預けさせてくれと主は安に持ちあわせの15両を渡し、心残りの与三郎と引き下がってゆく。この引け際もみどころ。お富が囲い者とは表向きで、のちに明かされるが、家の主はお富の実の兄だったのだ。
 
 昔の東映時代劇「清水次郎長」の登場人物や、近代やくざの鶴田浩二、高倉健とはひと味もふた味もちがう「与話情浮名横櫛」の筋書き、仁左衛門の与三郎。与三郎もお富も、蝙蝠安も、映画俳優が演じきれるものではない。
そして大道具、小道具がすばらしく、役者と一体になっており、壁、畳の色も目にあざやか。江戸期の風を運ぶことのできる歌舞伎役者は奥が深いのだ。
 
 左團次が82歳で鬼籍に入って早1年半、昭和19年生まれの仁左衛門は80歳、時蔵もいつのまにか69歳。まだ行けると思う端から、あと何年現役でいられるのかと気になってくる。自分のほうが先にお迎えが来るのにさ。
しばらく歌舞伎から遠ざかり、舞台に向かって「久しぶりだなあ」と言えない身としてテレビ時代劇で健闘する「大富豪同心」の中村隼人(五代目中村時蔵の甥)、「あきない世傳 金と銀」の小芝風花に期待しよう。
 
 体力低下で遠出できなくなり、電車も延べ40分以上は疲労がつのり、クリニックの待ち時間も40分を越すとゴロリと横になりたくなる昨今、老人ホーム入居者のごとく部屋にいる時間が増えた。散歩は20分、がんばっても25分がいいところ。
与三郎のように全身34ヵ所の切り傷があるわけのものではなく、2019年から2021年にかけて数カ所、医師に身体を切られているだけなのだが、近ごろ与三郎に対してなじみ感がわく。
 
 新型コロナの蔓延中、海外旅行ができなかったのはみな同じだと思うけれど、コロナ流行以前の2019年、小生はロックダウンされた。しかし蝙蝠安ではないが、このご時節、伴侶の元気な姿をみるだけで御の字である。
 
 最近、伴侶と毎日かわすことばは「何でも若いうち」。小生は旅に出かけらないが、心残りのないよう行きそびれた国へ行きなさいと伝えている。伴侶はカッパドキアで熱気球に乗りたい。
周囲の状況は落ち着きを取りもどし、叶いそうなチャンスが巡ってきた。気球飛行は3日間の有余があり、早朝の天気任せ。無事に終え、伴侶の喜ぶ顔を見るのが何よりも楽しみ。
 
 お富と再会した与三郎のその後。ここでは明かさない。何人たりとも、いかなる運命の下におかれようと、悲惨な未来を願う者はいない。与三郎も穏やかな人生をおくりたいと願ったにちがいない。 

前のページ 目次 次のページ