2019年10月7日      怪談 牡丹燈籠(一)
 
 「怪談牡丹燈籠」は「とおりゃんせと文七元結」で述べたように三遊亭円朝(1839−1900)が創作した。原案は『呉山の宗吉(そうきつ 1341−1427)作「剪燈新話」(せんとうしんわ)。それを1666年浅井了意が「伽婢子」(おとぎぼうこ)として翻案。その中の「牡丹燈記」は山東京伝、鶴屋南北も脚色している』(平凡社「歌舞伎事典」)。
 
 円朝は「牡丹燈籠」と似た話が本所・柳島で起きたことに目をつけた。「男は羽川(うがわ)金三郎といい、女は飯島氏の常といった」(森銑三「新編・明治人物夜話」)。金三郎は新三郎、常は露である。円朝の語りがすごい上に実話を取り入れたことで「話は一段の興味をもって迎えられて、非常な喝采を博したのである」(前掲書)。
 
 歌舞伎台本は三世河竹新七(黙阿弥の門人 1842−1901)が書いた。旗本飯島平左衛門は侍女お国と密通、お国を忌避するひとり娘お露は古今の文学に長けた新三郎に一目惚れする。しかし父平左衛門は許さない。お露は焦がれ死にし亡霊となり、乳母お米の亡霊と毎夜、牡丹燈籠をさげて、下駄の音を鳴らせながら新三郎のもとへ通う。
 
 「カランコロン」という下駄の音がたまらない。どうたまらないかというと、不気味で背筋が寒く、切なく、せりふの何倍もの効果があるのだ。6歳か7歳のころ、東千代之介の新三郎、田代百合子のお露で「牡丹燈籠」をみて夜は下駄をはくのをやめた。昭和30年ごろ街灯は皆無に等しい。あっても薄暗い。夜道を歩いていてどこかで「カランコロン」と鳴ると鼓動が高くなり、家路をいそいだ。
 
 成仏できないお露が持っているウチワ。表はありふれた銀色に秋の草花。裏返して顔を隠すとドクロ絵。そばにいるお米は立ち姿も歩く姿も亡霊そのもの。
10月6日はじまった連続ドラマ「怪談牡丹燈籠」でお米をやるのは戸田菜穂。期待していい。新三郎は中村七之助。2019年9月の南座で「東海道四谷怪談」の岩をやった。岩は17代目、18代目中村勘三郎の適役。歌舞伎とは役も勝手もちがうが期待できる。
 
 ドラマ1回目みたところを記すと、平左衛門の妾となったお国(尾野真千子)と平左衛門の親戚筋の源次郎(柄本佑)が悪事をたくらみ、新三郎の下男で欲深い伴蔵(段田安則)とお峰夫婦がスジにからむ。お峰役の女優は悪の醜さが顔に出ているので先の展開は容易に予測可能。
主演は尾野真千子ということだ。いけず顔が不首尾を想起させてくれる。悪事がとんとん拍子に運ぶはずはなく、はじけて身を落とす。お国と源次郎の濡れ場は色気が薄くツヤ消し。
 
 男やもめが手を出すとしても、女の挑発に乗って手近で間に合わせるとしても、色悪は性的魅力が身上である。お国にはそれが足りない。そしてまた、悪だくみまでの行程が短すぎて盛り上がりに欠ける。
亡霊を引き立てるのは生きている男女の生態であり、相互に引き立てあってドラマの面白味が増す。彼らが執着心強く、劣情はげしく、欲深い人間だからこそ亡霊はあらわれるのであって、しょぼくれた相手なら出甲斐はない。
 
 新三郎の友人で医師山本志丈の谷原章介の役は、たいして目立たないだけに芝居は難しいのだが、役のこしらえ、ハラ共にできており、いいところをみせている。お国と源次郎は悪辣を隠せる芝居ができるかどうか。
 
 脚本・演出は「京都人の密かな愉しみ」の源孝志。上述の盛り上がり不足は気になるが、八百石の旗本の屋敷にしては豪奢とも思える建具のすばらしさ、洗練された衣裳、そして撮影の微妙な色調の美しさが映える。
まかり間違っても米国ホラー映画から遠く離れていることを願う。視聴者がギャっと叫ぶようなびっくり音や、お化け顔の突然クローズアップは、令和といっても「怪談牡丹燈籠」のおもしろさを損ねる。
 
 歌舞伎「怪談牡丹燈籠」はコミカルなところもある。伴蔵が亡霊お露から百両もらって、新三郎が亡霊よけに入手したお札などを盗む。怪談物は生き霊より死に霊のほうが恐い。飯島家に雇い入れられた孝助はお国と源次郎の悪事をあばけるのか。与太者は武士、町民の別なく存在し、色欲、金銭欲が重なり嫉妬もからみ、四者入り乱れて終盤へ。
 
 子どものころみた人も、みていない人も、次回いつやるかわからない演目のドラマであり、歌舞伎とは演出も異なるので、みるは一時の損、みぬは一生の損かもしれないと録画して、ヒマなおりに見物を。
 
 円朝は幽霊画の蒐集で知られ、「その数は百副におよび」、「フェノロサが特に請うてそれを一見、円朝さん、幽霊というものはほんとうにあるのですかと問うた」らば、「円朝は笑って、あると思う人にはございます。けれども、ないと思っている人にはございませんと答えた」。「フェノロサはうなずいて、その通りでしょうといったという。この話は井上円了博士が『円了随筆』に書いている」(新編・明治人物夜話)。

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