五輪で金メダルを獲得した選手は、ふつうは競技の録画を何度かくりかえし放送されて終わるか、2026年2月25日、帰国後記者会見があり、記者があらかじめ用意したコメントを述べ、会見後の質疑応答に対して15分、長くても20分ほどで会見を終える。
りくりゅうの記者会見の質疑応答は50分くらい続いた。日本人記者の質問は陳腐だったが、応答する木原選手がすばらしかった。心がこもっていた。逐一感心して聴いていたため、内容をほとんど思い出せず、不覚というほかないのだけれど、思い出したことから記していきます。
外国人特派員の記者会見での質問「弱点は何ですか?」だったか、木原選手が応えたのは、三浦選手は忘れ物が多い。機内持ち込みの手荷物だと思うが、三浦璃來はバックパック(リュックサック?)を機内(またはターンテーブル?)に置き忘れたまま入国審査を通過。
木原選手に指摘され気づいたのだろうか。リュックのなかに「メダルが入っていました」と三浦選手が言う。唖然としながらも、三浦選手の率直、正直に感心。木原選手が「忘れ物をするのはスケートに集中しているときです」とフォローしていたが、スケートはもう終わっています。
外国人特派員会見での三浦選手の言葉。特派員の質問は、「ペアを解消したらどうしますか?」。対して三浦選手は、「木原選手が引退するときは私も引退するとき。ほかの人とペアを組むことはぜったいにありません」と真顔で、決然と言った。
総じて日本のメディア記者の質問はありきたりで内容がなく、外国人特派員の「弱点は?」や「ペア解消したらその後は?」の質問はさすが。
慣習とか視点とかの問題ではない、思考、発想力、想像力、感性も外国人特派員のほうが豊か、日本人記者は百年一日のごとし。外国人特派員と同レベルになるまで何十年かかるのだろう。
スタジオ出演時も局側の発想と構成が稚拙、局アナがしゃべりすぎて安物のバラエティなみ。表現力の乏しさ大会があれば金メダルは間違いなく日本のメディア。
りくりゅうの演技にみとれ、再度みて感銘し、またみてすごいと思い、演技内容が記憶にとどまっていない。ロシアのペアが束になって挑んできても勝てない。そういう領域に達する演技だった。フリー演技を解説していた高橋成美は練習風景を何度も見てわかっているのに、「すごい」を叫びながら連発し、すごさが増幅。
演技、イキの合いかた、信頼、そのほかを身振り手振りをまじえて見事に分析し、表現する解説は高橋成美の真骨頂。2026年2月26日午後のテレビ番組でもフルスロットル。高橋成美曰く、ケガが原因でペアを解消するケースは多い。りくりゅうはペアを組んでいた7年、幾多の障壁を乗りこえてきた。
木原選手の頭の回転の早さ、思いやりは競技のスピード、美しさを凌ぐ。彼の話は丁寧でわかりやすく、楽しい。三浦選手は木原選手を心から頼りにし、あたかも永遠のペアであるかのようだ。五輪競技が終わっても会見で感心させ、楽しませ、心なごませてくれた選手は、2021年東京五輪のボクシング女子・入江聖奈選手以来だ。
五輪のショートプログラム、三浦選手をリフトしたときのミスで5位となり、泣きつづけた木原選手。三浦選手に励まされフリープログラム演技直前で立ち直った木原選手。メダルを獲れていなければ記者会見もなかったろうし、こぼれ話も聴けなかった。
視聴者の喜び、感動は2倍にも3倍にもなった。五輪選手への感謝は過去にあったが、これほどありがたいと思ったことはなかった。台本のないドラマ。このような脚本は誰も書けまい。歓喜の涙をドラマで表現するのは至難。
数千時間の練習を重ねても、大舞台で練習通りに決めるのは難しいだろう。信頼を高めれば思い通りの美技を示せるだろうか。練習に勝る技を見せるとメディアは爆発力などとわかったようなことを言う。火事場の馬鹿力じゃあるまいし。
喧嘩はしょっちゅうしたが、練習は休まなかった。喧嘩中も励ますことを忘れなかった。ふたりにしかわからない仲直りの秘訣もあったろう。ご機嫌取りの菓子とか、料理店とか。食べもので仲直りできるのは相性がよい証拠。喧嘩のたびに休んでいたら練習時間は大幅に減り、現在のりくりゅうはなかった。
メディアの言う相互信頼は奥が浅い。美辞麗句で片づけられるものではない。練習スタート直前、喧嘩が吹っ飛ぶほどの集中力。集中力を維持できねば練習は破綻しかねないのだ。メディアの悪癖は結論ありき。結論をいそいで理解を置き去りにする。
信頼が金メダルを授けるわけではない。猛練習するうちに信頼のようなものが根づき、終わってみればメディアの喧伝する信頼となっただけで、りくりゅうはほとんど信頼を意識しなかったと思われる。信頼しあっている者同士が、わたしたち信頼しあっているねとクチにはしない。
りくりゅうがめざしたのは審査員と観客の感嘆である。課せられたのも実現するのも運命である。共に過ごした7年間の練習生活は運命と感じるに十分な時間だ。強固な意志の持続がりくりゅうを支えた。それを言ってもメディアの理解は得られない。感嘆も運命も抽象的で、意志はつかみようがなく、メディアの想像力の及ばざる世界。
私たちを感嘆せしめたのは演技だけではなかった。会見、インタビューのりくりゅうのことば、姿勢に私たちは新鮮な美しさを見いだし感動したのである。過去、表彰台に上がった選手の領域を越えたところに彼らはいたのだ。
1984年サラエボ五輪のアイスダンス、トービルとディーンの表現力は神々しかった。人間が踏み入ることのできない領域を占有していた。トービルとディーンを想起させる三浦&木原選手。
他国のペア競技コーチ、関係者はりくりゅうをめざし、追いつき、追い越すための作戦を練る。追いつこうとしてもりくりゅうはさらに引き離す、かどうかはわからない。切磋琢磨が果てしなくつづき、競技全体のレベル、完成度が高まる。
選手と共に解説者も進歩した。未来は予見しがたく、それでもフィギュアは技術と美しさだけでなく人間度も注目される時代となった。りくりゅうの貢献はメダルより輝いている。
2026年2月26日 市民に毎月配布される宝恷s広報の表紙を飾った三浦選手(宝恷s出身)と木原選手

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