2026年2月17日、フィギュア・ペア競技終了後、元選手・高橋成美がりくりゅうペアにインタビューした。高橋曰く、「夢をかなえた人だから何をしてもいいと思うの」。三浦璃來が問う、「何してもいいの?」。高橋がどう言ったのか思い出せないが、三浦璃來は声のト−ンを上げ、「ティラミス食べたい!」。
三浦選手の発言で瞬時に思い出したのはスパインレース(2020年2月放送)。日本では「グレートレース」として放送したが、正式にはスパイン(尾根とか背骨の意)。英国のペナイン山脈の尾根429キロを南北に縦断する。7日以内に走破しないと失格。
厳冬のイングランド北部の山地を毎日60キロ以上走る。先行していても、チェックポイントの小屋で仮眠をとっているあいだに先をこされるので、1時間弱の睡眠をとり、湿った地道、ごつごつした岩に足をとられ、時に疲労で転倒しつつ走る。
コース途上にヨークシャー・デイルやハドリアン・ウォールなどが横たわり、冬枯れの風景だが、イングランドへの関心が強い視聴者ならレースの過酷さを忘れるかもしれない。
2019年、それまでの記録を12時間も短縮する選手があらわれる。83時間12分で走破したのはジャスミン・パリス35歳。チェックポイントで14ヶ月の娘に授乳しながらレースをつづけた。驚異というほかない。
ジャスミン・パリスは、「ゴールしたとき娘は不機嫌でした。ママはまたいなくなるんだねという顔をしていました」と言った。ふつうの話なのかもしれないが感動した。1歳2ヶ月の女の子がテレビに映るのをみて笑いながら泣いた。
40年前のチエちゃんを思い出した。チエちゃんは瞳が大きかった。母子家庭で母親は働きに出ていた。そして学生時代に交流のあった女性の満1歳の写真、大きな瞳を思い出した。
2020年、スパインレースの勝者は、「身体のあちこちが痛い、やっと座れた」と言った。そのとき5位だった女性走者サブリナは、「終わればケーキを食べたかった」と発言。ケーキを食べるのも人生のうち。
局アナのインタビューなら三浦選手はどうこたえていたのか。カレーとか寿司と言ってたかもしれない。明るく、気をつかわなくてすむ高橋成美に乗せられて、思わずティラミスとホンネを言ったのではないでしょうか。
高橋成美は相手から何かを引き出す才能を持つ人。2013年ー2015年、高橋成美は木原とペアを組んでいた。高橋成美には、「ペア、大好き」と言いなさいと、りくりゅうに言わせる強引さもあり、思ったことを躊躇せず言うタイプ。飾らず、気取らず、臨場感に満ち、リアル。
冬季オリンピック解説者はかつて美術評論家のごとく念仏を唱えていた。加藤周一のように美術や文学を生き生きと語る人もいたけれど、スポーツを語る人が経を唱えると競技場はお寺の本堂になる。
高橋成美は、選手の進化と共に進化し、わかりやすく愉しい解説をする。カメラの向こうで身振り手振りする高橋成美が見えてきそうに語る。演じる選手の活気が倍になって伝わり、彼女のサービス精神に唖然としつつ惹きこまれる。
優勝の翌日だったか、テレビに出演した三浦選手の前に大きめのティラミスが運ばれ、彼女は優勝が決まったときより嬉しそうな顔になっていたように思えた。大好きなお菓子をもらったときの子どもの顔。
2月17日の報道記事によると、木原は三浦と出会う前、名古屋市内でスケート靴の貸出や、リンクの監視員のアルバイトをしており、木原が、「同年代の子は社会に出ている。自分はスケートしかしてこなかった。どうしよう」と言っていたらしい。そして2019年、三浦璃來と出会う。
新たなスケート人生がはじまった。それで結局、木原はスケートしかやらなかったのだが、それは三浦璃來もほかのチャレンジャーも同じ。カーリング女子の吉田知那美も北海道銀行を退団し、道内のコンビニでアルバイトしていたら救いの天使・本橋麻里が訪ねてきた。
競技生活を続行するための場所、費用、コーチなどの心配をせずにすむということは重要。そして、厳しい練習を耐えぬかねば落胆と失望が待っている。五輪をめざすなら練習、練習、練習。練習が目的化するほど練習を積む。
信じられるかどうか自分に問い、信じるしかないと自分に言い聞かせ、ケガや病気、幾多の困難を経験し、不安があっても、育成環境を提供してくれた人への感謝の気持ちを失わなかった。感謝しない者は、いつか見離される。
ショートプログラム5位と出おくれ悄気ていた木原をフリー演技直前まで三浦璃來は、「ぜったいできる」と励ましつづけた。失意の底に陥っている人に長広舌は不要。沈黙もよくない。短いことば、ワンワードで励ますしかない。木原を頼りにしているからこそ言わねばならない。
木原は勝利インタビューで、「泣いてばかりいました」と言った。言う先から涙声になって泣き、何か言おうとしては泣く。そんなに泣くなよ、もらい泣きするではないか。平然たる(そう見えただけかも)三浦選手とは対照的。優勝が決まった瞬間、三浦璃來の表情は礼拝堂で祈る巡礼者のように敬虔だった。
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