バイブリー
バイブリー
 
コッツウォルズは「Heart of England」といわれるだけあって、たしかに旅人の心を癒す
何かがあるように思う。何によって癒されるかをひとことでいうのは難しいが、あえていうなら
郷愁ということになるだろうか。とびきりの素朴さにひたり、身をゆだねられる何かが存在する。
 
バイブリーはテムズ川の支流コルン川に臨む小さな村で、19世紀末、アーツ&クラフト運動
のウィリアムス・モリスが絶賛して以来、にわかに脚光を浴びるようになった。
モリスは、明るく雅やかな花模様の壁紙のデザイナーとして、また、独自の書体による
活字をつくり、美しく精緻な挿絵入りの本を刊行した人としてその名を知られている。
 
バイブリー
バイブリー
 
バイブリーで有名なのが、アーリントン・ロウと呼ばれる小道にどっかり佇んでいる
この古びた家々である。羊毛を収納する倉庫として14世紀に建てられたが、
17世紀には毛織物職人の居宅兼作業場となった。バイブリー村はそうして
18世紀半ばまで栄えたが、産業革命の到来とともに衰退に一途を辿ることとなる。
 
世は大量生産の時代を迎えたのだ。それまでの家内制手工業では効率がわるく、
大型機械を導入して機械工業が主流となり、羊毛生産の中心はヨークシャー地方に
移っていった。歴史とは皮肉なものである。バイブリーにとって、というより後生の人間にとって
その事実がさいわいした。18世紀以降バイブリーが繁栄を続けていたなら、この家々は
いまも原形をとどめているだろうか。現在ここはNATIONAL TRUSTの指定を受けている。
 
バイブリー 六月の光
バイブリー 六月の光
 
アーリントン・ロウの家並み。上のどっかり家並みからすこし上がるとここにくる。
 
眠ったような静かな家々に差し込む六月の光はまばゆいほどで、光のなかに
いるだけで十分。14世紀の建物はいまも現役。窓から家のなかをのぞいてみたくなった。
 
バイブリー 六月の光
バイブリー 六月の光
 
さらに歩を進めるとこの家へ。一見ここで行き止まりになっているようにも
みえるが、実は、人ひとりがやっとという極細の路地を通ってさらに上に行ける。
それはさながらモロッコのフェスの路地、壁と壁のあいだの道を思い起こさせる。
 
五月の陽光は十分に明るく暖かい。新緑を目にあざやかに映し出す。
だが、六月の陽光は樹々が地下水を汲み上げるのに力を貸す。
そしてその水は、樹々をリフレッシュしたあと、私たちの頬を撫でる涼風となるのだ。
 
 
バイブリー  少女
バイブリー  少女
 
見てのとおり、水鳥とたわむれる少女。100年以上変わらぬ風景。
ほんとうに楽しんでいるのはコルン川を行き交う水鳥でもなく少女でもない、
撮影者が一番こころ踊らせ楽しんでいる。彼の絵心がふつふつと湧き上がる
バイブリーののどかな風景。撮影者の大好きな作品。
 
バイブリー 川の表情
バイブリー 川の表情
 
時間の推移とともに刻々と変わる光と影。光と影の配分や変化で微妙に
変わりゆく様々な色。一日中つきあっても飽きることはなかった。
 
絵具をチューブからしぼり出し、パレットにのせて、目に映る色に近づくよう
工夫して色をまぜ、背景と主たるモチーフの配色について思いをめぐらせる。
 
そしてキャンバスに向かい、パレットナイフと筆で色をおいていく。
ところが、仕上がった絵の色と目に映る色とはまるで別物なのだ。
目に映るものほうが遙かに美しく、生き生きと、しっとりとしているのである。
 
時間を切り取るということの難しさ。光と影のなんともつれない態度。
 
色のまざり具合を工夫し、すったもんだのあげく思い通りの色を出せたときの喜び。
思い通りの色とは、目に映った風景の色と、心に映ったそれとが一致したときの色だ。
自分と風景が一致したことを感じとる歓び。それなくして誰が絵など描けよう。
 
バイブリー 川の花
バイブリー 川の花
 
コルン川のなかに咲かせた花。花と水を眺めているだけで心洗われる。
 
バイブリー
バイブリー
 
スワン・ホテルの結婚披露宴で演奏していた楽団の二人。
コントラバスを持ってきたのは仕事が終わったからで、
二人はこの後タバコを出して一服。上の「川の花」から30bの距離。
 
バイブリー スワンホテル
バイブリー スワンホテル
 
スワンホテルは瀟洒な宿。ここで結婚披露宴を催すのはちょっとしたステータスという。
私たちが訪れたときもちょうど披露宴の真っ最中で、幸せそうなカップルと小粋な楽団が
雰囲気を盛りたてていた。なかでもコントラバス奏者とオーボエ奏者は存在感があって、
シャンパングラスをかたむけるすがたも絵になっていた。
 
夜、このあたりは漆黒の闇につつまれ、静謐(しじま)に耳をすませば、川面で遊ぶ
水の精の奏でる音がきこえてくる。私たちがせせらぎと呼ぶ心地よい音が。
 
バイブリー スワンホテル
バイブリー スワンホテル
バイブリー
バイブリー
 
スワンホテル近くの小さな庭。歩き疲れたら木陰でひと休み。
 
バイブリー
バイブリー
 
バイブリーにかぎったことではない、コッツウォルズには、過剰なるものが
あたたかさ妨げる都会には見出しえない馥郁たる香りがただよっていた。
子供のころ胸いっぱい吸ったレンゲ畑の匂いを思い出したのである。

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