2023年10月9日    知らないけど知ってる人
 
 宝怩フ新築マンションに引っ越した2017年春以来、ときおり見かける若い女性二人は小顔で長身、スタイルがよく颯爽としていた。日中、出入り口ですれ違うことがあり、仲良し二人組のうち可愛く優しそうな面立ちの女性が先に「こんにちは」と挨拶した。互いに住民とわかっていても挨拶したら損するみたいに無視する女性がいるなか好印象を持った。
 
 瞬時に見分けられたのは、ひとりが宝怏フ劇団の典型的な男役の短髪、もうひとりは娘役のポニーテイル。ポニーテイルの女性は特に感じがよかった。
2020年2月ごろから道行く人はみなマスクをするようになり、いつのまにかポニーテイルの髪型が変わっていた。長いあいだの巣ごもりとマスク顔になれたせいか彼女たちのことも顔も忘れていた。9月30日の夜、伴侶がスマホを見て声をあげた。
 
 宝怏フ劇団宙組(そらぐみ)の女性が転落死亡したという文面が載っている。飛び降りたとか自殺という文言もみられ、インターネット情報というのは偽情報のほうが拡散しやすく、この一帯に集合住宅はかなり多いので、マンションを特定できていないのに掲載したのだろうと思えた。
 
 ほかの情報をいくつか見ると、9月30日午前7時ごろ、マンションの住民が発見したという。緊急車のサイレン音はせず、その時間帯、爆睡して聞こえなかったのではなく、野次馬が群がるのを避け緊急車は無音で来たのだろう。宝恆蛹場で10月に予定されていた宙組公演は中止され、歌劇団理事長がコメントを発表し、亡くなったのが事実だとわかった。
 
 一部のネット情報で亡くなった女性についていくつかのことを知った。実家は京都市内にある明治12年創業の老舗漬物店。ポニーテイルの女性は双子の姉だった。私が2016年8月に見学した「和中庵」(京都市)隣の私立女子高校から宝塚音楽学校に入学。双子の妹さんは前年に入学。
マンションの出入り口で会った女性は姉妹で住民。高層階に同姓の方が住んでいるということはわかっていたが、まさしく姉妹はその方たちだった。このようなことが起きて初めて姉妹の名前と実家を知り、顔を思い出した。よくよくの事情があったにちがいない。何ヶ月ものあいだ悩みに悩んだにちがいない。
 
 9月30日午前4時ごろ、自宅廊下でガタガタという物音がして目が覚めた。伴侶が起きてごそごそしているのだろう、静かにしてくれないかなと思いながらまた眠りに落ちた。起床後しばらくたって伴侶に尋ねると、そんな時間にごそごそしていない、夢でもみたのではと言う。
10月6日夜(9時半ごろ)バルコニーに立つと花の匂いがした。いつもは松の香りがするのだが、ユリの匂いがした。野生のユリの香りが対岸北東の山稜から風に乗って運ばれてきたのか、いや、そうではないだろう。マンションは武庫川沿いにあり、対岸正面は宝怎zテル、その隣(南の下流側)に宝塚大劇場。
 
 ユリの匂いは告別の香りだ。父が48歳で急逝した1968年11月だったか、季節はおぼえていないけれどその数年後に参列した告別式だったかで、黄色い花粉がいっぱい付着したユリは強い香りを放っていた。
 
 10月1日、新聞社の記者たちが管理人を取材に来た。得体の知れないブロガーらしき女性もやって来てマンションを撮影し、植樹してある南側の石段通路を降りて駐車場に入る者まで現われ、2日から通路入口前に立入り禁止の掲示板と、警備会社の従業員が立つようになった。
 
 亡くなった女性は礼儀正しい方だった。礼儀の基本は挨拶にはじまるという。きちんと挨拶をされると半日くらいは気持ちがいい。長いあいだ忘れていた可能性という言葉が浮かんだ。将来、歌劇団退団後も女優として活躍したかもしれない。そうならなかったとしても道は拓けただろう。
和中庵に隣接する私立女子高正門前に百日紅がいっぱい咲いていたのを思い出す。私の母の口癖のひとつは、「死んで花実が咲くものか」だった。縁もゆかりもなかった女子高の名が身近になり、痛ましく、やりきれない。

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