2023年9月13日    秀作 She Said
 
 2022年製作の米国映画「She Said」は2023年1月日本で公開された。セクハラや性的暴行をうけた女性たちが抗議の声をあげ、ニューヨークタイムズの女性記者2人が取材し2017年同紙に報道、後に出版した原作を映画化した。
被害は数十年にわたり、加害者は大手エンターティメント企業「Miramax」(ミラマックス)創業者でプロデューサーのハーヴェイ・ワインスタイン。
 
 ワインスタインがプロデュースに参画した映画は、「イングリッシュ・ペーシェント」(1996)、「恋におちたシェイクスピア」(1998 主役グウィネス・パルトロー)、「ショコラ」(2000)、「ロード・オブ・ザ・リング」、「英国王のスピーチ」(2010)ほかの名作も多数。古今東西、芸能界での成り上がりは人間を傲慢にする。
 
 取材を拒否したが被害にあったと連絡してきた有名女優はアシュレイ・ジャッドとグウィネス・パルトロー。無名の女優も餌食にされたが、被害にあったミラマックスの女性従業員は米国内だけでなく、英国やドイツなど多岐におよぶ。
 
 2015年製作米国映画「スポットライト」は2002年1月、ボストン・グローブ紙一面に掲載された性加害に関するドラマだ。ボストンのカトリック教会神父数十名が関与し、1000人以上の児童が被害を受けた。
取材は困難をきわめ、大詰にさしかかったころの2001年9月、米国を震撼させる大事件(9.11)が勃発、記者たちは性加害の真相を徹底的に調査するため掲載を翌年1月まで延期する。この報道は2003年ピューリッツア賞を受賞。
 
 新聞記者や読者にもカトリック信者は少なからずいて、神父の性加害が公になったときの反応、特に読者の反応を怖れてうやむやにするか握り潰す幹部や経営者はいる。取材途上、メディアを取り巻く関係者の内圧・外圧もすさまじかったに違いない。こういうとき必ず出没する嫌がらせ、脅迫もあったろう。へこたれず持ちこたえる人間は少なく、態度をあいまいにして言葉を濁す人間は多い。
 
 女性への性加害は犯罪、同性への性加害は忌み嫌うべき行為にすぎず、犯罪に当たらないとする傾向があり、日本のテレビ局はお高くとまっていて、週刊文藝春秋のような下ネタ報道を低劣下賤とみなしていた。固定観念と先入観の強いメディア人間は時代と共に進む一般市民の立場からみると時代に取り残されている。
 
 日本の芸能スキャンダルがネットで隆盛するのは、「ジャーナリズムの取材力が衰えているから」と言ったのは誰だったか。記者が自分の足で取材せず、リークに基づいて記事を書く傾向も年々増えている。
自分の足で稼いだ取材なら報道したいと思うのが人情。リーク情報を入手するだけの取材ならボツになっても心は痛まないだろう。
 
 メディア界の「長いものには巻かれろ」は今も続いている。巨大事務所とテレビ局は持ちつ持たれつであり、巨大事務所のほうが力関係において上位ということもある。視聴率重視という点はNHK、民放も変わらないが、スポンサー企業を必要としないNHKが人気タレントを確保するために巨大事務所やその経営者を忖度するのは問題。
 
 醜聞とジャーナリズムには差異があるとしても、性加害は醜聞とジャーナリズムの両方に関わっている。単なる醜聞に公益性はないかもしれないけれど、女性への性的暴行の報道が公益性にかなうのと同様、少年への性加害を報道することは公益性にかなっている。
聖職者集団ではなく一個人の性加害であっても、理不尽なことや卑劣非道に邪悪さを感じて報道するのはジャーナリストの義務である。加害者のプライバシー侵害と御託を並べているヒマがあるなら世の中の動きを見るがいい。講釈ばかりで経を読まない僧侶になりたいジャーナリストは職場をかえるのがよろしい。
 
 映画「スポットライト」、「She Said」はジャーナリストのあるべき姿を示した。記事が世に出れば、それまで沈黙していた被害者のなかに名乗りを上げる人も出てくる。「スポットライト」で印象に残った役者はマーク・ラファロとレイチェル・マクアダムス。真摯に行動する人間は年を取っても真摯であることに変わりはない。圧力に屈する者は言葉を濁し、慣れてしまうと痛みも感じなくなり、そのうち高齢で感覚が麻痺するだろう。
 
 「She Said」は明らかな妨害があってもあきらめない二人の女性記者役キャリー・マリガン(英国女優)とゾーイ・カザンが好演。ムキムキの熱演ではなく、視聴者の胸にしんみりと響く芝居。
2005年の英国映画「プライドと偏見」の少女だった童顔キャリー・マリガンが18年後これほどまでになったかと思うと感慨深い。2006年制作のTVドラマ「荒涼館」(ブリークハウス)、ミス・マープルシリーズの「シタフォードの秘密」にも出ている。
 
 ゾーイ・カザンは「親切なロシア料理店」(2019)の芝居がよかった。小さい子二人とボロ車に寝泊まりし、レストランやパーティ会場に来ては食べものを盗む生活。独特の透明感とコミカルさで視聴者の心をつかんだ。
 
 ハーヴェイ・ワインスタインに対しては2020年6月、裁判所から禁固23年の刑が下って収監され、2023年2月に別件の裁判でさらに禁固16年を追加され服役中である。
 
 芝居の上手下手にかかわらず巨大事務所所属のタレントが優先されるテレビ&映画事情。毎度おなじみの出演者によるドラマ。そんな状況が続いているからやる気のある者もない者も工夫を怠り、演技の幅も狭くなる。脚本家演出家の質の低下に歩調をあわせてドラマの質が落ちるのは当然である。
 
 古の罪は長い影を落とす。日本の巨大事務所でおきた性加害。加害者と隠蔽者が死亡しても影は消えない。被害者の悲憤を視聴者に伝えるために報道は不可欠。視聴者にも時代にも遅れをとり、2歩も3歩も後ろを追随する日本のメディア。なんとかならないものか。

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