2024年7月12日    幽囚の英国(3)
 
 スランデゥドゥノからヨークまでの約250キロの行程はMのつく高速道路(無料 制限速度70マイル=112キロ)を走るほうがよいと考え、休憩を入れて4時間くらいだろうと午前10時に出発した。
 
 Aのつく一般道A55〜A556経由で東方のノリッジ(Northwich)まで行き、そのままマンチェスターの南郊からリーズへ向かうか、チェスター東部で高速道M53〜M56を通り、適当な場所でリーズ方面へ向かう一般道を行くか。高速道はすくなくとも片側3車線。
 
 一般道の制限速度は郊外60マイル、都市部30マイルと極端に異なる。高速道の事故渋滞に巻き込まれると予定時間をかなりオーバーするし、一般道を走っても都市部の渋滞があるかもしれないと選択に迷ったが、高速道を選択。途中、反対車線で大渋滞が発生しており、ドライバーがあきらめ顔で車外に出ている場面に遭遇し安堵する。
 
 マンチェスター近辺までは順調に進んだが、そこからの分岐点の多さは入り組んだパズルのようで、前夜、地図で確認したのに、短い距離のあいだに標識が次々あらわれた。その多さに気づいた伴侶が、「道、だいじょうぶ?」と話しかける。ヨーロッパをレンタカーで回った経験はあっても、マンチェスター近郊の高速道がこれほど複雑怪奇という認識はなかった。
 
 リーズの先がヨークなので、道路標識たよりにリーズ方向へ向かったが、そのあと標識を見落としてしまい、左折せず直進したのが大間違い。10キロか15キロ走ったろうか、行けども行けどもリーズやヨークの標識は見当たらず、ロンドンが目につく標識だらけ。北東ではなく南東に向かっている。
これはまずいと思い、数キロ先のインターチェンジで高速道から一般道へ降りた。こんなことならわかりやすい一般道を、マンチェスターを遠ざけて走ればよかった。
 
 付近のガソリンスタンドで現在地と進路を確認しようと従業員に尋ねていたら、隣で燃料補給している男性が、「どちら方面へ行くのでしょうか」と声をかけた。「ヨークでしたら同じ方向。私はリーズへ向かうので車のうしろを走ってください」と言う。リーズ近辺在住のインド系英国人だった。
 
 道案内しなければスピードを出して運転したろうに、ゆっくり走ってくれて申しわけなさ2割、ありがたさ8割。ヨークの文字を記した標識を見たとき胸を撫でおろす。彼はリーズ方面とヨーク方面の分かれ道で停車し、車を降りてきて「どうぞよい旅を」と言った。親切な人は鮮明に記憶される。
 
 スランデゥドゥノを出て何時間かかったのかおぼえていない。午後3時ごろには到着したと思う。ヨーク1泊目の宿はシティ・ウォールズの外にあるタウンハウス「グランジェ」、2泊目は内のヨーク大聖堂すぐそばにあるディーン・コート。
タウンハウスというのは、カントリーハウスを所有する富裕層が州議員や市議員になったとき、議会出席のため町に設けた住居で、大邸宅カントリーハウスに較べて小規模。
 
 宿を移動するのは面倒なのだが、タウンハウスがどういうものか知っておきたかったので予約した。英国のマナーハウス、カントリーハウスは低層階で各部屋はバスルーム付きで豪華。ただしエレベーターはない。タウンハウスは3階建て、見た目も箱形の四角、室内もカントリーハウスに較べると質素。ということも経験しないとわからなかった。
 
 シティ・ウォールズ(City Walls)は全長4キロ、壁の高さは4.5〜6メートル。壁の上を歩くとヨークを一望でき、各家の庭もすぐそこに見える。観光客から見られるので手入れを怠れないところが双方のメリットになっている。随所にゲートがあって、好きなところで上り下りできるが、日没にゲートは閉鎖される。
一周すると散歩にちょうどよい距離。チェスターでもシティ・ウォールを一周したけれど、ヨークのほうが歩きがいがあった。歩いていると古い町に不釣合いな、見るからに新しい壮麗な中華料理店を発見。夕食はそこに決めた、従業員は明るく、テキパキしており、味もよく正解。
 
 翌日の日帰り観光は、ヨークシャー・ムーアを通って港町ウィトビー(キャプテン・クックで知られる)へ行き、チェスターの本屋で立ち読みしたロビンフッズ・ベイに寄る。ウィトビーもロビンフッズ・ベイも北海に面している。
タウンハウス「グランジェ」の若い女性コンシェルジュにヨーク周辺のお勧めはと尋ねると間髪いれず「ヨーシャー・ムーア」と答えた。ロビンフッズ・ベイまでの所要時間を尋ねると、「1時間半、急げば1時間」と言う。
 
 ヨークからA64を北東へ進み、オールドモルトンのラウンドアバウトでA169に入って北へ15キロ進むと荒涼たるヨークシャー・ムーア(正式にはノースヨーク・ムーアズ)が25キロ続く。ヨークからウィトビーまで約80キロ。
ロビンフッズ・ベイはそこからさらに10キロ南下。女性コンシェルジュがどういう運転をしているのかよくわかった。一般道を時速100キロ以上で飛ばしているのだ。
 
 ムーアにさしかかり、車が進入できる小道と広い駐車スペースがあった。車を降りてどのくらい立っていたろう。1時間以上ではなかったか。6月だというのに茶色のヘザーが地面にへばりつくように茂り、狭苦しい草のあいだをつむじ風がうめき声を立てて通り抜けていく。
北イングランドはただでさえ高緯度なのだが、ここへ来るとその感が強くなる。太陽はムーアすれすれの高さまでしか上がらず、そのままの位置でぐるりと移動するだけなのだ。
 
 「嵐が丘」の原題「Wurthering Heights」のワザリングは荒地に吹く風がビュウビュウ鳴るさまをいう、この地方独特の表現だが、ムーアといいワザリングといい、心の風景を見たような気がして、荒野をさすらうリア王が身近な存在に思えた。魂が心の深淵を覗いたらムーアだった。荒涼たる風景は魂の安息地なのだ。伴侶も沈黙したまま立ちつくしていた。
 
 ロブンフッズ・ベイの駐車場に車を駐め、民家と民家のあいだの急な坂道を下って海岸に出る。帰路は上り坂で、これがかなりきつい。女子高生はすたすた上っていき、小生より年長の老女数名の脚力に合わせて上る。坂道にほとんど風はなかったが、海辺に吹く強い風は真冬を思わせる冷たさで、いかにも北海。
 
 ロビンフッズ・ベイにレストランは一軒もなく、ウィトビーへ向かう。細道を3キロほど進むと片側一車線だがセンターラインのあるA171に出て、北へ4キロ足らずで突然視界が広がり、ウィトビーが見渡せる。
灯台へ続く川沿いの歩道に軒を並べるシーフード・レストランでランチ。どのレストランの店頭でもテイクアウトのフィッシュ&チップスを売っている。
 
 脂ぎっているものは苦手で、買った客を観察すると包み紙がギトギトに沁みており、ツナサンドを注文。サンドイッチはどこで食べても美味だったけれど、そこは塩がききすぎて、ガソリンスタンドのコンビニで買っておけばよかったと後悔。
 
 帰路は寄り道せずヨークへ。二日目の宿ディーンコ−トの真新しいバスルームはジャグジー付きの大きな円形バスタブ。入浴前、隣のヨーク大聖堂を見学したら少年聖歌隊が歌っていて、天使も顔色なからしむのではと思いたくなる崇高で美しい歌声に圧倒される。
おそらくは練習風景で、入浴後なら出会えなかったろう。先年、ウィーン少年合唱団日本公演を聴きにいったのだったが、日本でもてはやされる有名合唱団は単なる歌でしかない。ヨークの少年聖歌隊は地上と天をつないでいた。
 
 整然と優美を併せもつソールズベリー大聖堂は別格として、ヨーク大聖堂は独特の風格を保っている。教会や修道院をみて気持ちがすっきりするのは、信仰心が篤くなくても、修道士の質素な生活、教会建築の荘厳さに対する尊崇の念を失っていないからかもしれない。
親切と感動に出会えば旅は報われる。明日はヨークを立ち、ムーア西側のA19を北に115キロ走って、大聖堂と大学の町ダラムへ。
 
            ノースヨークシャー・ムーア 1999年6月24日


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