2024年7月17日    幽囚の英国(5)

         カールトン・ヒルから望む旧市街 時計台と尖塔の間にエディンバラ城が幽かに見える
 
 エディンバラ空港でレンタカーを返却し町へ向かった。ジョージ・インターコンチネンタルに3泊。18世紀に建てられたジョージアン様式のホテルは、ウェバリー駅まで300メートルなのに静観を保ち、店舗が並ぶロイヤルマイルまで350メートル。ロイヤルマイルはハイストリートの別称で、エディンバラ城からホリールード宮殿までの1マイル。
 
 町を一望できる緑苑カールトン・ヒルへ600メートル、エディンバラ城も約600メートル、英国で2番目に古いという百貨店「ジェナーズ」へも200メートル弱の至近距離。ホリールード宮殿の背後には緑に囲まれた小高い丘がある。
それらはすべて旧市街にあり、古色蒼然とした佇まいに魅せられた。どこを歩いても人は少なく、夏の旅行シーズン、特に8月のエディンバラ・エフェスティバルをはずせば閑散としているらしい。
 
 英国レンタカーの旅をスタートして15日目、田舎巡りばかりだったせいか、都会で生まれ育った伴侶は俄然張り切った。デパート内は伴侶と別行動。6月下旬のエディンバラは日中でも寒々とし、小生は冬用の綿パンが必要となり「ジェナーズ」で探すことにした。
 
 老舗デパートの規模は大きくないが、階上が吹き抜けになっており、2Fから上は手すりで仕切られ、空間が広く開放感に満ちている。1Fの紳士服売場に頃合いの綿パンがあった。
ミッドナイトブルーとダークベージュ、どちらを買うか迷ったあげく両方買った。1本9千円くらいだったと思う。値段の割りに上質の綿、仕立てもいい。ヨーロッパのデパートで衣料品を買っても裾上げなどの直しは扱っていない。今日明日中に必要な場合は従業員に修理店の有無、費用を確かめる。
 
 オルタネーションについて中年従業員男性は心得ており、裏に個人経営の工房があり、日曜以外は開店、職人の腕もいいと応える。Alterlationという言葉は1970年代の終わりごろ香港の紳士用品店で知った。若い店員はオートレーションと発音した。Alterという動詞は高校のとき習ったが名詞は知らなかった。
 
 デパートの真裏の狭い通りに入ってすぐのところに小さな工房があり、デパートで別行動していた伴侶が工房を見たいと言う。ドアを開けると中年男性2人、中年女性1人がミシン台に陣取って作業していた。手前にいた職人は、「ダウントン・アビー」の執事カーソン役ジム・カーターに似ていて頑固そう。
発注のさい「急ぎでお願いします」と言ったら、即日仕上げの受付けは午前中、いまなら早くても明日午後と言う。なんとか午前中に仕上げてもらえまいかと頼むと、「いいでしょう、明日11時に来てください」と言ってくれた。
 
 翌日、綿パン2本取りに行き試着。デパートの従業員が自信を持って勧めるだけのことはある、職人の技を感じた。丁重にお礼を述べると小さくうなづき、たいしたことないよ、当然さという表情でほほえんだ。
喜びいさんで宿にもどり、真新しい綿パンをはいて町にくりだした。ダラムまで続いた初夏の陽気と較べるとうそ寒いエディンバラ、厚手の綿パンは温かく心地よい。2本は同年10月のスコットランドと南西フランス・ミディピレネーでも使用。
 
 その日の夕食は中華。宿から間近のハノーバー通りを北へ600メートルほど歩き、約100メートル続く緑地帯クイーン・ストリート・ガーデンを抜け、ダンダスと名を変えた通りを100メートル直進すると広東料理店「桂林」(Kweillin)。緑地帯の先は家並みが減って、人も車も途絶え、うら寂しい。そのうらぶれた場所に魔法のランプのごとくあらわれる。
 
 地元住民に評判の広東料理「桂林」は要予約。メニューを見て「貝柱、車エビと野菜の炒め物」を選択。ジャガイモの細切りを揚げ皿状にした器に料理が盛られていた。季節野菜のうま煮も食べた。食材は吟味され、味もよく、あしたもここにしようかと伴侶に同意をもとめたら、あたりまえだのクラッカーといわんばかり。
 
 桂林のマネージャーは、ダンダス通りのうら寂しさと打って変わって陽気な男性。表情の変化、話し方が、そんじょそこらのコメディアンより芸達者。ダラムの中華料理店もこの店も、料理人だけでなく、プロ意識の確かな仕事人が経営に寄与している。華僑の真骨頂である。
 
 エディンバラ3日目お昼、急にピザが食べたくなって、ハイストリートとノースブリッジの交差点付近にピザハットを見つけて入った。ノースブリッジはウェバリー駅をまたぐ高架橋で、わたるとノースブリッジ通りとなる。午後おそい時間だったせいか、客は私たちのほかに一組。
入店したとき目が合った女性従業員が素早くオーダーをとりにくる。20歳前半と思われ、身長160センチくらい、大きな目、濃褐色の髪、バランスのよい体躯、形のいい脚。心も身体もキュッと締まった感じで颯爽として、昔、交流のあった女性を思い出した。
 
 「まだサービスタイムなので、向こうのカウンターの生野菜はフリー、カリフラワーも生ですが問題なく食べられます」と言った。カリフラワーの生とは思えぬやわらかさ、甘さ。ピザも日本で食べたことのないおいしさ。野菜もピザも端正こめてつくったハートを感じる味だった。
翌日、桂林のマネージャーはさりげなく杏仁豆腐とあんまんをサービスしてくれた。総じて香港と較べて遜色のない味。料理は一流、料金は三流(安い)。
 
 市内はひととおり見学した。眺望についてはエディンバラ城よりカールトン・ヒルからのほうが優れていた。エディンバラ城から海が見渡せるけれど、たいしたことはない。城からの眺めは高層マンションほかの不要な建物が多くまざっており、その点、カールトン・ヒルから眺める旧市街は絵になる。
観光客でごった返さない季節の旧市街。エディンバラは都会だ、気取った人がいないでもないが、おおむね庶民的で親しみやすい。
 
 4年半ものあいだ何に囚われ、心の風景が何であったか、99年6月の英国で知った。人は過去の幽囚である。カントリーサイドは少年時代の、ピザハットは学生時代の、ヨークシャームーアは当時の自分なのだ。
好きも嫌いもない、英国の旅は自分自身に出会う旅にほかならなかった。6月末日帰国、その2週間後にプランを練りはじめ、10月1日エディンバラ起点のハイランド・レンタカーの旅に出た。

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