1999年6月、英国を18日間レンタカーで旅したときは、スノードニア(ウェールズ)の美しい山河、ソールズベリー平原とストーンヘンジの時間を忘れる景色、コッツウォルズの癒しの家並みを見て英国の真髄を感じた。だがヨークシャー・ムーアの殺伐たる風景を目にしたとき、美しいものを見たこと、癒やされたことが吹き飛んだ。
美しい風景に対する感動と、荒涼たるムーアを見たときのインパクトを較べると、感動は影をひそめる。寂寞たる荒涼のなかに心の風景を見て魂がゆさぶられるからだ。
時間の止まったものだけが美しい、もしくは寂しい。そうした風景から未来を想うことはない、過去が連綿と眼前に広がるだけだ。美しい未来、未来志向と利いた風なことを言うが、よりよい未来を築くため自身がずたずたになる覚悟はあるのか。
伴侶の姉がダノッター城の全景を見た瞬間、「一番最初に一番すごいものを見たね」と言ったのは、心は推し量れないとして、北海に置き去りにされた孤高の廃城は毅然としており、人生の断片を拾い集めて姿をとどめる城と思えたからだろう。
ダノッター城で時を惜しむかのように過ごしてA957からA93に進み、ロイヤル・ディー・サイドに沿って一路バーンコリーへと向かった。ディーは川の名、ロイヤル・ファミリーが保養でバルモラル城滞在時に通るのでそう呼ぶ。
A93を西へ30キロ行ってバーンコリー着。A93はバーンコリーの目抜き通りとなっているが、片側一車線しかない。今宵の宿はバーンコリーの「Tor-Na-Coille-Hotel」。目抜き通りから50メートルほど上る高台にホテルはあり、2人分の朝食付き宿泊料120ポンド(税込み)。
白亜の宿のレストランは想像以上にゴージャスで雰囲気もよく、本日お勧めのコース・ディナーの内容を尋ね、味はおぼえていないがまずまずだったと思う。三人分で45ポンド(一人15ポンド 飲物は別)はかなりの低料金。エディンバラなら一人45ポンド。
翌朝、ピトロッホリーをめざしてA93を西へ向かう。10月初旬のハイランドは朝晩だけでなく日中も冷えるが、1時間も車内にいると外の冷気が心地よい。バーンコリーから40キロのバラター(Ballater)は人口約1400人の小さな町だが、王室のバルモラル城(クラシー村)まで近く(約10キロ)、王室御用達の店がいくつかある。
バルモラル城見学は4月〜8月上旬までなので見学できず、A93沿いの観光案内所&ギフトショップで小休止しようと車を停車しかけると、前方にいた警官2名が駆け寄ってくる。婦人警官が「窓を開けよ」と言い、早口でまくしたてた。
「クィーン一行が来ている。車はここに停め、路上には駐めないように」。なんのこっちゃ、クィーンというのはエリザベス女王のことか、それにしては警備はこれだけ。警官ではロクな回答はないと思えたので、案内所に入り、やさしそうな中高年男性に尋ねた。
「この上の教会で女王一家がミサを行っているのですよ」。指さす方向の木立のあいだに建物が見える。案内所から緩やかな坂を100メートルほど上ると小さな教会があり、ロールスロイスが教会前にとまるやいなや、教会の扉が開いてごあらわれたのは女王、エディンバラ公、アン王女、エリザベス王太后。王太后は99歳になられていたが、お元気そうで慈愛に満ちたお顔をされていた。
女王とは数メートルの至近距離。車が通る場所に日本人らしき東洋人が3名もいたせいか、女王は車内ですこし驚いたような顔をされ、ほほえみ、伴侶と姉は胸の位置で小さく手を振る。
案内所にもどった私たちが絵はがきを見ていたら、姉がへなへなと座りこむ。「ふざけるのはやめなさい」と小生がたしなめると、伴侶が「腰をぬかした」と言った。本当にそうだった。
姉が正常復帰するまで15分くらいかかったが、昼飯を早めに食べさせれば治ると思い先を急ぐ。クラティスからA93を西へブレーマー(Breamer)まで行くとA93は南下し高原地帯となる。途中、特徴のある小山と丘が点在するグレン・シー(Glen Shee)のステキな景観で車を駐める。風は強かったが、すぐには立ち去りがたい。
人家、ヒツジなど何もない風景が約50キロつづくのに殺伐としておらず、何もないところで暮らしているがゆえに保たれる温かさを感じた。過剰なるものが温かさを妨げる都会には見いだしえない何かが存在した。
Bridge of Callyの三叉路でA93に別れを告げ、A924を北北西へ、途中で西に迂回しながらピトロッホリー着。ブレーマーからピトロッホリーまで約70キロ、ステキな風景、すれちがう車もほとんどない快適なドライブ。ピトロッホリーのプチ・ホテル「パイン・ツリー」に2泊した。
翌日はタンメル湖沿いの紅葉を眺め、狭隘な田舎道も走り、「絵のような村」と称賛されるフォーティン・ゴール(Fortingall)からグレン・ライオン(Glen Lyon)などの紅葉街道を進みキリンへ。
ピトロッホリーの目抜き通り(A924)。人口約2500人。有数の観光地だが10月はガラ空き。しっとり落ち着いた町。

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