2024年9月9日    ハイランドの旅(4)
 
 グレン・コーに時間をかけたあとA82を南下、A85との三叉路で右折、A85を西に進む。道路が高い位置にあるので右側の谷の斜面は見えるが、左は小高い山と空しか見えず、木立のあいだからオー湖(Loch Awe)がちらっと見えた。
グレンコ・コーから55キロくらいだったろうか。キルカーン城も見えるはずなのに見えない。車の速度を落とし、標識に注意しながら走る。
 
 A85からオー湖へ降りる狭い脇道はUターンを強制するように鋭く曲がっており、急転直下だと思いつつ下っていく。15世紀建造の廃城キルカーン城を何で知ったのか、英国のガイドブックにもほとんど載っていないのに。
アクセスは2時間に1本でている小舟のみ。このとき城は緑のネットが張られ修復工事中、見学不可。曇天のオー湖に足漕ぎボートが一艘。操縦する男はニット帽をかぶっていた。どんよりして、いまにも雨が降ってきそうな空。
 
 湖畔に1本の線路が走っていて、線路沿いの狭い地道を柵が隔てている。地道から撮影したのが下の画像(オー湖とキルカーン城)。線路を見てマレイグ(Mallaig)とオーバン(Oban)を結ぶウェスト・ハイランド鉄道がこんなところを走っているのかと驚いた。10月に入れば乗客はいないと思える僻地。
線路ぎわの芝生空き地に鉄道車両を再利用したレストラン喫茶があり、車両接続部に設置した階段が玄関、シーズンオフのうらぶれた雰囲気をかもしだしている。窓のブラインドはおりていて内部を見ることができない。翌年5月か6月に再開するのだろう。
 
 車両を撮影していたら側道(地道)を男がひとり歩いてきた。右手にカバンを持っている。近くに駅で降り、どこかへ向かっているのか。周囲に人家は見当たらず、男のうしろのほうで何かが燃え、煙が線路上にもくもくと立ちのぼって男を追う。手漕ぎボート、カバンを持った男は、いまにも崩れ落ちそうなキルカーン城よりドラマティックな風景。
アガサ・クリスティーでさえミステリーの舞台にしなかった僻地。ポワロやミス・マープルのほかに長年、英国映画・テレビドラマを数多くみてきたが、キルカーン城やオー湖畔をロケ地にした映像は知らない。
 
 旅を追想すると時間が巻きもどされ、かがやいているような気分になる。しかしかがやいているのは自分ではなく思い出のほうだ。華美か寂寞か、荘厳か卑俗かは重要ではない。たとえ荒れ野であったとしても、そのなかをさまよっていたとしても、追懐は色あせず、思い出の薄明かりを浴びる。
 
 そういう感慨は旅の数年後、もしくは数十年後にわいてくる。時間の追われると辺鄙な場所は厄介だ。キルカーン城の近くに宿は見当たらず、約20キロ離れた宿へ行くにしても道路がオー湖を迂回して西へ南へ曲がっている。
オー川沿いのA85を西へ進み、ブランダー峠を越えてタイヌルト村(Taynuilt)の手前で左折、未舗装で狭隘なB845を南へ向かう。
 
 英国は地図の国であり、標識の国。道路標識が至るところに設置され、自分の進むべき方向が示される。車で移動する人たち、自転車、徒歩で移動する人々すべてのために。ウォーキング愛好者は中高年に多くみられ、予想もつかない長距離を徒歩旅行する。
道路標識は日本やヨーロッパ各国と較べて比較にならぬほど親切丁寧で、標識を見逃しても先々で右左折すれば目的地へ行ける。道路地図は要らないようなものだが、それでも夕食の語らいのあと英語を予習する高校生みたいに詳細地図で行程を確認する。初めて行く町は目的地までの道と宿の位置を頭に入れておく。
 
 めざす宿はキルハレナン村(Kilchrenan)のどんずまり。オー湖畔の一軒宿。周囲10数キロの建物はここだけ。宿の構えは立派。2食付きの宿賃は1人82.5ポンド。夕食前、霧雨降るなか湖畔を散歩。水たまりをよけながら歩いていたらいきなり小道に穴が空いてモグラ登場。
モグラの視力は弱いが嗅覚は発達している。這い出てすぐ異質な物体を嗅ぎつけたはずなのに、約30センチごそごそ歩き、大慌てで穴にもぐり込んだ。
 
 夕食は白身魚も、何かわからない肉も塩漬け。料理人が塩をふりかけすぎたのではなく、長期冷凍保存して塩が回ったのだろう。ほかのテーブルの客は平気な顔で食べている。日常的に塩っぱいものを食べているのか。給仕に「ソルティ」と言ったら、「そんなものです」と澄まし顔。コーヒーもさぞまずかろうと紅茶を飲んだが、白湯でした。
 
 翌朝は雨もあがって快晴。もと来た道を引っ返し、キリンの手前でA85からA84を南下、エリザベス女王が所有する森林公園「Queen Elizabeth Forest Park」の18キロつづく森を抜けてカランダー(Callander)まで。昼食後、ロブ・ロイ・カントリー(ロブ・ロイ=17世紀〜18世紀の人物)と呼ばれるトロサックス地方を通ってスターリングへ。
 
 スターリングを旅先に選んだのは、スターリング城とウォレス記念塔(National Wallece Monument)を見学したかったからで、イングランド王エドワード1世の残虐で容赦ないスコットランド侵略に真っ向から抗戦したウィリアム・ウォレス(1270−1305)を主人公とした映画「ブレイブ・ハート」(1995)をみて以来、訪ねたかった。
 
 スターリング大学の隣の丘にそびえる記念塔(高さ67メートル)は駐車場から急な坂道を上る。その途中、坂を下ってきた小学生の男児2人に声をかけた。彼らは返事のかわりにこぶしを振りかざし、「うぉー」と雄叫びをあげた。映画のウォレスのまねなのだが、少年も勇ましいハイランダーなのである。
 
 記念塔のてっぺんまでの螺旋階段(264段)は岬の灯台の螺旋階段のように暗くて狭く、急。上から降りてくる人とすれ違うにはどちらかが立ち止まる。全員がのぼり優先のマナーどおりに行動する。のぼりきったら突然明るくなり、目がさめるような美女と出くわした。
単なる美人ではない、うち解けやすく親しみの持てる面立ちなのだ。身長170センチくらい、きらきらかがやくブロンド髪は長く容姿抜群。明るめのジーンズに濃紺のブルゾンふう半コート。伴侶姉妹も彼女と目が合ったのだろう、歩み寄ってきた。
 
 「初めて来ました。すばらしい眺めですね」と清々しく語る。列柱だけで窓のない場所から360度見渡せ、スターリングの町を一望、遠くの山並みもくっきり見える。「小学校の教師です。見学を終えた生徒は下の広場で集合します」。さっき雄叫びをあげていたのは彼女の生徒だった。いるところにはいるものだ、教師でも格別の美女が。
 
 後年、映画「ミッション・インポッシブル」第5作目「ローグネーション」(2015)冒頭シーン、レコードショップ(IMFのロンドン支部)店員役の英国女優ハーマイオニー・コーフィールドを見たときアッと思った。女性教師と容姿が似ていたのだ。
スターリング城に沿う東側の石畳道は昔日の馬車道。緩やかな坂道は対向車がぎりぎりすれ違える幅しかないが、中世の雰囲気を保っており、城の駐車場もそこに面している。
 
 城の反対方向はヨーロッパの城郭に頻出する防御ための絶壁。城自体は特筆するものはない。城から直線距離で2.4キロ、徒歩でも1時間とかからないウォレス記念塔が鋭い雄姿を見せていた。
 
 暮れなずむハイランドの秋。荒涼たる風景、快活で心温まる人々との出会い。ダノッター城からここまで7日間、レンタカーの短い旅。あしたからエディンバラで3泊し、その後パリ経由で南仏ミディ・ピレネーのトゥールーズに移動する。記憶していれば、あるいは記憶を呼びもどせば、いつでもそこに行ける。
 


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