2024年10月4日    百人一首

 
 午後5時過ぎ、嵯峨野の二尊院門前に車を駐める。山門は閉じられ、門前は車も人の姿もない。桜や紅葉の時期を避け、早春、初夏、中秋、初冬、真冬に行く。寺院、庭園が目的ではなく嵯峨野の静寂が心地よかった。
二尊院の隣に百人一首公園ができたのは2007年。嵯峨野に行かなかった間に完成した。百人一首公園に対して特段の思いはないが、和歌はときおり思い出し、歌人の才能に感服する。
 
 高校1年の夏休み、主要3教科(英数国)の宿題は英語が美誠社の英文解釈参考書。A・ハクスリー、S・モーム、バーナード・ショーなど英国作家のエッセイの抜粋が頁ごとに短文として載っており、文章の訳はなく、和訳のポイント解説と、辞書に載っていない単語の訳出。
数学の宿題は、計算問題の答は巻末に載っているが、応用問題のヒントはあっても解答が記されていない問題集。国語の課題は漱石の「虞美人草」と小倉百人一首。百人一首は「ぜんぶおぼえてこい」と国語の教師が命令した。
 
 英単語や英語に関することはすらすら暗記できるのに、元々暗記力は弱く、決して嫌いではない日本史、世界史の中間テスト期末テストの点数はひどかった。問題用紙が12枚前後もあり、読んで解答するには制限時間60分で足りず、答えやすい問題から処理していっても2〜3枚は読む前に時間終了。
 
 当時はガリ版を切って謄写版で刷る。世界史の高倉(教師)は授業用プリントを大量に作成。チンギス・ハーンの子孫が中央アジアや中東に建国したチャガタイ・ハン国、イル・ハン国を微に入り細にわたり記しており閉口する。
授業のたびに新しいプリントが増えてゆく。勘弁してよ。先述のごとく問題用紙の多さで悪名とどろき、高倉天皇の趣味はガリ版切りだと陰口を叩かれていた。
 
 思いのほか百人一首の「むべ山風を嵐といふらむ」、「しづ心なく花のちるらむ」、「ふるさと寒く衣うつなり」は自然になじむことができた。ぜんぶ下の句。古典の授業は苦手だったけれど、ステキな和歌はおぼえやすい。
「もののあわれ」を理解したような気分になれたのは、「もろともに あはれと思へ山桜 花よりほかにしる人もなし」の下の句だった。桜はなぜあれほど美しく、はかないのか。桜ほど孤独をつのらせる、しかし、共感を呼ぶ花を知らない。
 
 2学期のアタマに英国数3教科の実力テストが実施される。国語に百人一首の上の句、または下の句を書かせる問題が15問あった。配点は1問2点計30点。暗記が功を奏して全問正解。
現代国語も漢文も苦手で、中間テスト・期末テストは60点とるのが関の山なのに、今回は80点近くあり、それが順位を上げ、3教科の合計256点、学年(1学年12クラス生徒数500名強)で4番だった。社会科や理科が実力テストに入っていれば上位になっていない。
 
 職員室横の通路に100番までの合計点と名前を張りだす。そういうところで受験校は目立つことをやる。競争心を煽られる生徒は少ないだろうに。しかし百人一首さまさま。1番は稲垣君という大阪市内の公立中学校から入学した生徒で、272点だったと記憶している。
 
 張りだした名前、得点は墨書きの筆跡が異なっていたので、複数の教師が交代で書いたのだろう。受験競争われ関せずと、自己流の楽しい授業をおこなっていた若手教師、生物の浅野氏は翌年、母校の広島大学に赴任し、英作文の小西氏(小西寛 通称コニカン)は数年後、大阪大学に招聘される。さもありなん。東京大学出身の年輩教師の多くは受験しか眼中にないように思えた。
 
 二尊院前に駐車し、ときおり思い出すだけだったけれど、「光る君へ」をみるうちに懐かしくなって百人一首のかるたを買った。昔に較べると絵師の腕が落ちていたが、かるたの厚さは昔と同じでしっかりしていた。「光る君へ」の女性の歌三首。
 
   やすらはで 寝なましものをさ夜ふけて かたぶくまでの月をみしかな   赤染衛門
 
   めぐりあひて 見しやそれともわかぬまに 雲がくれにし夜半の月かな   紫式部
 
   ありま山 ゐなの笹原風吹けば いでそよ人を忘れやはする    大弐三位(紫式部の娘 賢子)
 
 「光る君へ」の登場人物に百人一首の歌人がほかにもいる。和泉式部と清少納言の歌は印象が薄い。公任の歌に妙なる響きを感じる。
 
   滝の音は たえて久しくなりぬれど 名こそながれてなほ聞こえけれ   藤原公任 
 
 在原行平の歌は「京都人の密かな愉しみ」に出てきた。飼いネコが気まぐれに出奔し、帰還を願う飼い主が短冊に歌を記すとネコが帰ってくるらしい。
 
   立ち別れ いなばの山のみねに生ふる まつとしきかば 今帰りこむ    中納言行平
 
 高校生のころから思い出にふけったり、追懐をつなぎ合わせるのがたのしみだった。60年経ったいま、百人一首の歌人の名はほとんど忘れても、記憶に残る数十首のなかで心模様と風景を伝える歌四首を記します。
 
   おく山に もみじふみわけなく鹿の 声きくときぞ秋はかなしき   猿丸太夫
 
   やま里は 冬ぞさびしさまさりける 人めも草もかれぬと思へば   源宗于朝臣
 
   人はいさ 心もしらずふるさとは 花ぞ昔の香ににほひける     紀貫之
 
   さびしさに 宿を立出てながむれば いづこもおなじ秋の夕暮    良選法師

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