2024年12月25日    パラダイス・イン・横浜
 
 トルコ帰りの伴侶が昨年6月以来、12月16日、1年半ぶりに横浜へ行った。高校時代の同級生ハムと5月に予定していた富士五湖だったが、腹膜炎で緊急入院、9日目に退院し、復帰までさらに2週間かかり富士五湖をあきらめた。
 
 ロケーション抜群のカッパドキアで熱気球を体験した伴侶は旅行前の夏、横浜クリスマス・マーケットで会おうとハムと約束した。お盆前、ホテルとレストランを手配したハムに、「さっちゃん、這ってでも来てよ」と言われた手前、トルコから帰ってクタクタになっていたが10日後回復、気合いをいれて横浜に備える。
 
 12月16日午前10時、伊丹空港午前10時発に搭乗、羽田から京急で横浜へ。龍ケ崎から出てくるハムは待ちあわせ場所を品川駅構内でと言ったのだが、羽田から逆方向。品川駅は広いし、混雑していると伴侶は却下。都内で昼食とハムは言っていたが前夜、横浜に変更。
待ちあわせ場所は横浜駅西口のシェラトン・ホテルのロビーはどうかと伴侶が提案したが、お昼は横浜そごう(東口)で食べるからとハムが言うのでデパ地下で待ちあわせ。
 
 昼食後、シーバスに乗船し「みなとみらい」へクリスマスマーケットを偵察。チケット購入すれば再入場可。見学後宿泊ホテルへ。アフタヌーンティー、夕食、朝食付きのプランだったのでまずアフタヌーンティーで休息。下の画像は入室後の夕景。コスモクロック(関西では大観覧車)が写っています。
夕食のあと再びクリスマスマーケットへ繰り出し、店舗を物色しグッズを買いホテルへ帰る。グッズ選びのほかはほとんどおしゃべりに終始し、トルコ旅行のドタバタ、帰国後の話をしているとハムが、「あの女優さん、なんて名前だった?」と尋ねる。
 
 小生が10代半ばから交流のあった女優は淡島事務所の先輩女性(事務員)と共に原宿駅前の古ぼけた木造アパートに住んでいた。1970年代初めのある日、真っ赤なポルシェをアパート横の明治通りに横づけしてドライブに誘った男がいた。加山雄三だった。彼女はぴしゃりとはねつけ、若大将は渋谷方面へ走り去っていった。
 
 1970年代半ばのあるとき、毎月のお手当を○○万円出すと申し出た男がいた。中村扇雀(後の坂田藤十郎)だった。そういう女ではないと拒否。加山雄三も中村扇雀も当時既婚。
この話は長いあいだ封印してきたが、ハムに女優の名は?ときかれクチから飛び出した。彼女は有名芸能人やプロデューサーに遊ばれてのしあがる人ではない、人間としても立派な人である。だから夫に真面目で誠意のある人を選んだ。という話をハムにした。
 
 ウン十年前、当時独身だった小生は女優の結婚披露宴に招待され、女優と面識のある伴侶も結婚披露宴に出席したいと切望し、女優に打診したら即OK。原宿で同居していた彼女も出席しており、伴侶を見るなり「オリエちゃんに似ている」と言った。オリエちゃん(佐藤オリエ)。似てないけれどね。
 
 15年くらい前、福岡へ行って博多座の前を通ったとき、翌月公演の「エリザベート」に歌舞伎役者の元・妻と、夫の元・不倫相手女優が共演しており、学生時代の同好会後輩にその話をしたら、翌日、祇園山笠で会ったさい、早速博多の友人に話したと言う。元妻と元不倫相手は歌劇団の先輩後輩で、歌舞伎俳優夫妻の最大の離婚原因となったと思われる。
 
 数年前から名古屋の嫁ママ(長男の嫁の母親)に誘われ歌舞伎に凝っているハムにそんな話をしても、歌舞伎俳優は故人、ハムは舞台をみておらず名前しか知らない。だからまだ話していない。耳よりの話というほどでもないが、聞く人によっては特ダネかもしれない。
 
 横浜2日目、午前は伴侶の希望で半世紀ぶりの山下公園行き。みなとみらいのバス停でハムは横浜駅行きに乗ろうとして伴侶がストップをかける。午後は「プラネタリアYOKOHAMA」へ。ハムがプレミアム・シート(プラネットシート)を事前購入、さっちゃんにプレゼントしてくれた。
イタリアのシエナやローマなどから見える星空という設定で、夜空を見る前に各都市の名所案内もあったらしい。ハム曰く、「さっちゃんと一緒に旅行している気分で」。木星、金星のほかに冬の星座のオリオン座。
 
 京急横浜駅の改札口で別れ、伴侶は羽田。帰りの便でキャビンアテンダントに機内誌「翼の王国」を持ってくるよう伝え、頁をめくると今月の特集が「イスタンブール 路地を漂う」。冬の札幌、松山、秋田とめぐり、イスタンブールをへて横浜で終わった2024年の残り少ない日々を無事に過ごせますよう。平穏こそがパラダイスです。
 


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