2025年3月27日    秀作 THE TUDORS
 
 「THE TUDORS」(テューダーズ 背徳の王冠)は16世紀イングランド・チューダー朝の国王ヘンリー8世の物語で、英国など欧米は2007年から2010年にかけてシーズン1から4が放送され、日本は2009年から有料視聴できた。
 
 英国での評判は上々だったが、50年ほど前の映画「1000日のアン」(英)、2008年の映画「ブーリン姉妹」(英米合作)をみてヘンリー8世は冷酷残忍という観念が小生に定着し、DVD19枚・38話(1話45分弱)にもなる長編ドラマを全編視聴する気分にならなかった。
 
 DVD付属冊子の記述は16世紀のイングランド、およびヘンリー8世の関係者を精確に把握していなければならない。しかし常用名詞に誤記が見受けられ、神聖ローマ皇帝カール5世をチャールズと、フランス王フランソワ1世をフランシスと書いている。
ドラマのなかにチャールズやフランシスという名の人物が何人か登場する。きちんと整理せずごちゃまぜになったのだろうが、確認を怠るとそういう結果を招く。解説者は固有名詞の間違いを避けねばならない。
 
 16世紀の英国史、フランス史はおもしろい。単に歴史がおもしろいだけでなく、人間を裏切っても神の赦しを請えば赦される。と信じているところが。彼らは神を裏切らないのだ。ところがどっこい、人間を裏切ればそれ相当の報いはあり、報いを受けないのは絶対君主(国王や皇帝)だけ。
 
 ヘンリー8世は6人の女性と結婚し、最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンは高名なカスティリア女王イザベルの娘である。キャサリン・オブ・アラゴンの姉ファナの息子は神聖ローマ帝国皇帝カール5世(スペイン王カルロス1世)。キリスト教カトリックの守護者。
 
 2番目の王妃アン・ブーリンは後のエリザベス1世の母。ヘンリー8世はアンを愛し、王の愛人の立場を拒否するアンのためキャサリン・オブ・アラゴンとの結婚無効を主張。
無理矢理引き離され質素な生活を送るキャサリンはローマ法王と甥のカール5世を味方につけ、夫の要求を退けようと各国大使や関係者に働きかけるが、ヘンリー8世の意思を変えるどころか、逆にアンに対する彼の愛は強まってゆく。
 
 ヘンリー8世役は実像(肖像画は中年期の太った王)と外見の異なるジョナサン・リース・マイヤーズ。みてくれを芝居でカバーする。ヘンリー8世は結局、王妃のうち2人(アン・ブーリンとキャサリン・ハワード)を姦通罪で処刑する。
ねつ造された姦通とホンモノの姦通とがあり、王妃の実家の栄達と凋落が克明に描かれる。4番目の妻アン・オブ・クレーヴズは結婚する前、王に気に入られなければ斬首されるのではと心配したという。
 
 普通の暮らしをしていても表面的な交流だけですませられず、まして王家内部は、国王に誠意を示して従順でなければ、逆らい続ければ追放か領地家財没収、わるければ没収され処刑という時代。
地位と財産、そして名誉まで確保するために犠牲を余儀なくさせられた時代を生きるには忍耐と知惠が必要で、ひっきりなしにアタマを使っていたと思われる。
 
 20世紀の常套句のひとつは、「会社を首になっても、会社が倒産しても、命まで取られない」だった。21世紀になると、平坦、無表情、退屈な人間が横行する世界となった。
そういう世界とは真逆の、絶妙のストーリーと変化に富んだセリフ。表面的な交流と安穏を求めたくても、徐々に追いつめられて厄介事を拒否できない事態となるのが西洋時代劇のおもしろさ。
 
 このドラマが制作される前にロシアのウクライナ侵攻(2022〜)があったなら、ドラマは脚本通り制作されたろうか。盗っ人猛々しいプーチンという独裁者と較べられるのは、ヨーロッパにおいてはスターリンとヒトラーしかいないような気がする。トランプは自分も褒美をもらいたい、侵略者プーチンにも褒美を与えたいのだろう。
 
 ロシア政府の情報統制は徹底していて、侵略者はゼレンスキー氏だという情報が横溢し、そしてまたロシア人は自国以外の知見に無関心といわれる。ロシア人の本質は、生活が保障されていれば、他国の興亡も他者の生死も知ったことではないということだろう。
人はみなそうだと言われれば形なしだが、そうであるならなおのこと余裕のある者は他国の人々の平穏な暮らしを望む気持ちを持ってもらいたい。気持ちだけでいい。偉大な音楽家の国の21世紀は惨憺たるありさまだ。チャイコフスキーはどこへ行った。ラフマニノフは亡霊だったのか。
 
 ヘンリー8世が英国である程度評価されるのは、何名かの王妃や側近に対しては冷酷であったけれど、国民に対しては寛容で、重税を避け、施しもおこない、ロシアのようなフェイクニュースもほとんどなく、恐怖政治でもなかったからだと思える。プーチンの行状は、いくら非難しても非難しすぎることはないし、非難し続けることをあきらめてはならない。
 
 16世紀は宗教改革の嵐が吹き荒れている。著名なローマ法皇や枢機卿をピーター・オトゥール、マックス・フォン・シドーなど名優が演じ、ドラマに重厚感と荘重、策謀の匂いを運ぶ。ヘンリー8世の娘で、後にブラディ・メアリーと呼ばれる女王(メアリー1世)の若いころをサラ・ボルジャーがやり、6人の王妃役の芝居も見事。
特によかったのは最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンをやったマリア・ドイル・ケネディ、3番目の王妃ジェーン・シーモア役アナベル・ウォーリス。
 
 男優陣では王の親友で側近サフォーク卿役ヘンリー・カヴィル(映画ではスーパーマン役もやっている)、神聖ローマ帝国大使役アンソニー・ブロフィ、トマス・モア(「ユートピア」の著者)役ジェレミー・ノーサム、側近トマス・クロムウェル役ジェームズ・フレイン、エドワード・シーモア(王妃ジェーン・シーモアの兄)役マックス・ブラウンなど。
サフォーク卿と大使はシーズン1から4まで連続出演し、大使は王妃キャサリン・オブ・アラゴン、王女メアリーの相談役も勤め、滋味とユーモアを兼ねそなえた人物を巧みに演じた。
 
 戦闘場面は必要最小限にするのがよく、残酷なシーンの連続はドラマの本筋を逸脱し興ざめ。その点、本作は戦闘場面がすくない。家臣とか貴族のなかに無実の罪で、あるいは反逆罪で処刑される者がおり、そういうシーンはリアル。
 
 英国時代劇ドラマは、シェイクスピア作品シリーズ「ホロウ・クラウン」(嘆きの王冠)、バラ戦争期を描いた「ホワイト・クイーン」、ほかに、「ゲーム・オブ・スローンズ」、「アウトランダー」、映画「エリザベス」&「エリザベス・ゴールデンエイジ」などをみてきた。
意外に映画はたいしたことがなく、連続ドラマのほうが優れているのは、脚本と撮影のうまさ、そして役者の気合いの入れ方がよかったからだ。「THE TUDORS」で特筆すべきは衣裳。従来の時代劇と較べて、デザイン担当と縫い子の繊細で卓越した表現力は傑出した役者に匹敵する。
 
 38話を1日2話づつ、途中休息日も入れ、2月末から3月下旬まで24日間で見終えました。
 
 


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