2015年から2017年にかけて5作が放送され、主にドラマ部分を30分ごとに分けたシリーズも放送された「京都人の密かな愉しみ」がもどってくる。
小生はこの番組の大ファンのひとりで、ダビングBDを時々みている。「あっち向いてほい」2023年3月26日に「団時焉@京都人の密かな愉しみ」、2024年4月21日に「将軍塚青龍殿 大舞台」として書き記したが、ふたたび書ける機会がめぐってきた。
ことし11月13日(木)18時から90分(3話)づつ毎週木曜に再放送される予定。学生時代、古美術研究会に在籍、主に京都の庭園を見学し、その後も数十年にわたって京都へ出向いた者として、京都に関心を寄せるOB会仲間にぜひみてもらいたいのだが、へそ曲がりの御仁が多く、他人が勧めるものはみたがらない。
すでにみた方もおいでになると思うけれど、おそらくおぼえているのはわずかな断片。一度みたからいいと言うなかれ。もう一度みれば当時の感想と若干異なる感想を持つ。人は時をへて進化、もしくは退化するのである。
いまも時々思う、団時烽ノは長生きしてもらいたかった。劇中のヒースローは癒やし系で、どこかコミカルな好人物。2026年1月4日スタートする「京都人の密かな愉しみRouge継承」(全9話予定)に引き続きエドワード・ヒースローとして出演してほしかった。団時烽フ芸名は団十郎から来ているのではないだろうか。
美術愛好家が名品をみるのと同じように芝居愛好者は役者の芸をみる。美術作家が役者より高尚、芝居も役者も低俗であると思うのは人それぞれの勝手として、明治の知識人・学者にはじまった先入観、固定観念が後世に化石のごとく残り、たかがドラマと低くみられている。誰でも俳優になり、創意工夫もなく映画、テレビがダイコンを売る。
よくできたドラマに出ている役者はわたしたちを清々しい気分にしてくれることもあるし、笑わせてくれたり、生活のヒントをくれたり、感動させてくれることもある。総じて人生に潤いをもたらすのだ。そんな娯楽や芸術、ほかにありますか。
関西の人間は半世紀前、首都圏在住の人たちから誤解されやすかった。ホンネを言う、お金の話をする、人情に流される。タテマエを重視し、お金の話はタブー視、情にほだされない人から見れば関西人は異界の生きもの。自分ではそんなに強くないと思っていても、弱い人間と思われたくないから強がりを言い、よそよそしいのが関東。
関西に較べると自然体でなく、ムリしているようにも見える。しかし彼らにとっては多少のムリが自己証明なのかもしれない。地方出身で東京に住みついた人は、田舎者にみられたくないから虚勢をはる。何代も首都に住んでいる人は気取らない。京都人はムリなくホンネとタテマエを使い分ける。
そうはいっても近年、ある種のコンプレックスからなのか関西弁を話したがらず標準語っぽいことばで会話し、よそよそしく気取っている若者が激増した。世代間に存在する距離感はさらにつのり、いっこうに縮まる気配はない。彼らが中国人に見えてしまう。向こうは向こうでこっちを異星人と思っているのかもしれない。
都市部で道をたずねるとき、関西人は親切だが、都内の人間は淡々を通りこして突き放すように教える。上京して間もないころ面食らった。道をたずねても怒られているのではないかと思った。
歌謡曲「大阪しぐれ」は「ひとりで生きてくなんてできないと、泣いてすがればネオンがしみる」ではじまる。「そして神戸」は「神戸、泣いてどうなるのか、捨てられた我身がみじめになるだけ」。
「京都人の密かな愉しみ」の挿入歌「京都慕情」は「あの人の姿懐かしい 黄昏の河原町 恋は恋は弱い女をどうして泣かせるの」ではじまり、「遠い日は二度と帰らない夕やみの桂川」で終わる。
突然思い出したのは「大阪の女」(ザ・ピーナツ)。「まるで私を責めるよに 北の新地に風が吹く」。「きっと良いことおきるから 京都あたりへ行きたいわ」。藤島恒夫(たけお)の「月の法善寺横町」という歌もありました。「包丁1本さらしに巻いて 旅に出るのは板場の修業」。
関西を舞台にした歌に較べて東京の歌は威勢がよくスマート。関西の歌は情緒と愁いがあって「しっとり」しているが、例外もある。「雨の御堂筋」は阪神タイガースの応援みたいで、威勢がよすぎる。
ペギー葉山の「学生時代」は「つたのからまるチャペルで祈りを捧げた日」と初っぱなからハイクラス。「秋の日の図書館のノートとインクのにおい」と知的な雰囲気がただよい、「素晴らしいあの頃 学生時代」で終わる。格調高く、きれいにまとめるけれど、凡庸なのが東京流。
「有楽町で逢いましょう」は「あなたを待てば雨が降る。濡れて来ぬかと気にかかる」。雨に打たれようが打たれまいが、有楽町での逢引きは雨という歌。学生時代、日比谷の映画街からのかえり、有楽町で山手線、あるいは京浜東北線の電車を利用した。彼女の心がけがよかったからというわけでもないと思うけれど、いつも晴れていた。
狩人の「あずさ2号」。新宿から信濃へ旅立つという設定。「さよならはいつまでたっても とても言えそうにありません」の歌詞とメロディが胸を打つ。太田裕美の「木綿のハンカチーフ」も旅立ちの歌だ。久保田早紀の「異邦人」はシルクロードのどこかの町。「空と大地がふれ合う彼方 過去からの旅人を呼んでる道」。情景が浮かぶ。
大学受験前後の2ヶ月、短いあいだだったけれど祇園花見小路の元置屋の2階で暮らし、大阪市内で生まれ育った伴侶と昭和50年前後から令和まで京都行きをくり返した者にとって、関西は正真正銘ふるさとである。しつこいようですが、京都に興味があり、「京都人の密かな愉しみ」をみのがした方、11月の放送、みてください。
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