2025年12月5日    近藤正臣 妻亡きあとに
 
 「妻亡きあとに 近藤正臣 郡上八幡ひとり暮し」の初回放送は2025年3月20日午前8時だった。感動し、身につまされた。
 
 ダビングし、8ヶ月以上たった現在も録画機に残して、時々みている。6回はみた。飽きない。高齢者の評価が高かったのだろう、何度再放送されたことか。
 
 8年前、郡上八幡に転居後しばらくしてヒロさん(奥さん)は認知症になる。
妻を施設に入居させることを頑として拒否し、ひとりで介護していたのだが、夜中の徘徊が頻発、ほかにも不具合がおきて施設に入居させざるをえなかった。迷いに迷ったすえの決断。
 
 二枚目で鳴らしたが放送時点で83歳。亡くなったヒロさんは小学校の同窓生。最愛の女性と結婚して53年後、2023年に奥さんが施設で亡くなる。世の中に愛妻家はすくなからずいるが、近藤正臣は尊敬に値する。
 
 亡くなってまもないころ、「俺はもうすぐ死ぬ」と年下の釣り仲間に洩らしていた。近藤正臣はひとり暮しをつづける。米をとぎ、炊飯器で炊き、雪平鍋でソーメンをゆで、フライパンで料理をつくる。買わないと夫婦が決めた電子レンジは、いまだ持っていない。ヒロさんの趣味は豆皿の収集。近藤正臣が豆皿を取り出すようすにも愛情が感じられる。
 
 木製の広いバルコニーに落ちる大量の枯葉を竹ほうきではく。柿の木が大きくなり、たくさんの実が熟したころあいを見計らって山猿が取りにくる。
夫婦で通ったレストランの女性シェフと、ヒロさんを看取った女性介護士が具材を調達し、きのこ類が盛りだくさんの鍋を3人で食べる。食料品の買い出しのため町に出て、行きつけの喫茶店でコーヒーを飲む。顔なじみのママは近藤正臣と同世代の老女。
 
 三味線と小太鼓&大太鼓、横笛、唄の若い女性4人が訪ねてきて、地元の楽曲「八幡小唄」などを演奏し、唄い、途中で三味線と横笛の2名が踊る。みる人もみられる人も楽しげ。唄がうまい。
 
 ちょっとだけ食べ、食い残された柿が何個もバルコニーに落ち、近藤正臣がつぶやく。「食うのなら、食べ残さずもっときれいに食えよ」。奥さんが生きていたころ、保護センターでもらった猫にヤッコという名をつけた。ヤッコは5歳。飼主になついている。しかし猿をこわがって、柿が実るとバルコニーに出たがらない。
 
 おせち料理の下準備にとりかかり、出し昆布をひいたダシに塩抜きした数の子を入れる。酒のつまみにするのではない、彼は下戸らしいから。タバコは欠かせず、ヒロさんが亡くなって本数が増えたかもしれない。
腰痛で3度手術をした。歩くとき腰をかばいながら歩くのでそれとわかる。往年のスターの気取らず、気張らず、ありのままに生きるすがた。知らず知らず近藤正臣の思い出や、現在の生活に引きこまれていく。高齢者の共感を得るのは自然のなりゆきです。

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