カロリーナ・コストナーを初めてみたのは2006年トリノ五輪だった。
フィギュア女子やアイスダンスはジャンプ、ステップの技術面に華麗美が加味されて聴衆を魅了する。
手脚の長いコストナーは氷上に立つだけでツルを思わせる。容貌で特徴的なのは「たれ目」。
氷盤で舞っていても、インタビューを受けていても、人柄、やさしさがにじみ出るような目である。そういう目のオリンピック選手は少ない。
演技は転倒や小さなミスがあって9位だったが、温かみのある目が記憶に残り、19歳のコストナーは開会式のイタリア旗手だったと知る。
その後、彼女をみる機会はなく、名前も忘れてしまったが、2010年NHK杯のフィギュア女子にたれ目の選手が出ており、トリノの彼女だと気づいた。容姿の特徴をおぼえていたからなつかしく感じられる。
フリー演技をバッハ作曲「G線上のアリア」に合わせ、長い手脚を存分に使って舞うコストナー(23歳)はトリノ五輪と較べて見違えるように流麗。ミスもなかったのではないだろうか、優勝したのだ。浅田真央(20歳)は8位。
そして2014年ソチ五輪を迎える。27歳になったコストナーは果敢に挑戦した。
2006年、地元開催トリノ五輪時、フィギュアはイタリアで人気がなかった(コストナーの弁 2023年11月20日ロングインタビュー)が、コストナーがヨーロッパ選手権で優勝するなど好成績をおさめ、テレビ放送によってコストナーの名もフィギュアも広く知れわたる。
ソチでコストナーのフリー演技に使われたのはリムスキー・コルサコフ作曲「シェヘラザード」、アラビアンナイト。子どものころ、千夜一夜物語は異国情緒をかきたて、いつか訪ねてみたかった。交響組曲「シェヘラザード」はヨーロッパで有名な名曲・大曲。
コストナーはアラビアンナイトの世界を銀盤いっぱい縦横無尽に使って華麗に、エキゾチックに表現した。結果は3位だったが、1位、2位の選手はおぼえておらず、コストナーだけ思い出す。
苦労しながら厳しい修練を積み重ね、フィギュアの国内周知に尽力した功績にもかかわらずコストナーの謙虚さは顔にも姿勢にもあらわれている。正式なコーチのいない状態で、コストナー自らがコーチとなって競技にのぞみ、競技で知り合った名選手から学び、高名なコーチとも知遇を得て経験に厚みを加えた。
2018年、平昌五輪のフリー演技曲はドビッシー作曲「牧神の午後への前奏曲」。ミステリードラマの挿入曲のごとく謎めいている。この曲に合わせて舞うのは難しい。コストナーの演技はおぼえていない。選曲と振付けがうまく合わなかったからなのか、結果は5位だった。
2023年、コストナーは鍵山優真選手のコーチに就任。当事者の心のうちは見えないとして、優秀な選手がそろう日本のコーチならやり甲斐はある。自分がコーチになって鍵山選手をさらなる高みに押し上げることができるか試そうと思ったのかもしれない。
コストーナはインタビューで、「まさかコーチになるなんて思ってもみませんでした。ほんとうに光栄です」と言っている(2023年11月20日のロングインタビュー)。「まさか」はほんとうだとしても、光栄というのは謙遜でしょう。2022年後半から2023年初めにかけて鍵山選手はケガのためシーズンを棒に振った。
「今季は新鮮な気持ちでのぞめていると思います」とコストナーは言う。技術は申し分のない鍵山選手に彼女が指導したのは、技術をさらに磨くこと、ボディコントロールの意識を高めることだった。
春の2週間イタリア合宿ではオペラをみてもらったそうだ。演目は定かでないが、プッチーニかヴェルディのオペラだろう。「鍵山選手の芸術性は大きく成長したと思います」と言っている。
表現力は内面から導かれると人は言う。内面は感性だ。感性は初源から豊かではなく、経験を積み重ねて磨かれ、豊かさを増す。コストナーは、「フイギュアの美しい動きは魂と心を動きに捧げるものなのです」と言う。
団体戦ショートプログラムがおこなわれた2月6日、おそろいの白いブルゾンを着用する日本人選手の右端にコストナーはいた。「あっ、コストナーだ」と小生は小さく叫ぶ。なぜいるのかわからなかった。それでこの一文が生まれました。
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