2021年6月18日    来る夏、去る夏
 
 夏の花はアジサイ、ダリア、キキョウ、タチアオイ、アサガオ、クチナシ、ハス、オシロイバナ、ヒマワリ、ツキミソウ、ナツツバキ、マツバボタン、ナデシコ、ムラサキツユクサ、ジャスミン、サルスベリ。よく知られている花でもこんなにある。
 
 ハイビスカス、ハスなど一部を除いて花期が長く、百日紅は文字通り、飽きるほど長く咲いている。
子どものころ実家の畑でチョウやトンボを観察していて気づいたのは、花期の短い花にはあまり寄りつかないということだった。夏の花と昆虫の関係。
 
 ヤンマが好むのはダリア、ヒマワリ。ダリアは小さい花びらがぎっしり詰まっていて、やつらのエサになる小虫が集まるからだ。花を選ばず手当たり次第に漁るシオカラトンボや、甘い蜜めざして飛んでくるチョウと違う。
シオカラトンボのオスは胴体が青灰色だが、メスは黄色で、メスは警戒心が強い。オスは簡単に捕獲できるけれど、メスはそうはいかず、垣根に止まっているところを素早く捕らえる。トンボの運動能力は驚異だった。飛行中に蚊を食べたり、鋭角的に曲がったり、アッというまに逆戻りする。
 
 ヤンマは人間が一定の距離まで近づくとサッと飛び去る。ダリアの近くで待ちかまえ、目にも止まらぬ速さで、花を傷めないよう網をかぶせる。
ヒマワリは背が高く、網を上からかぶせるのは難しいのであきらめざるをえない。ギンヤンマはもきれいな色をしている。オニヤンマは黒と黄色の縞模様で体もでかい。オニヤンマを捕獲したときは、やった叫んだ。
 
 夏の花は原色が多いけれど、クチナシ、ジャスミンのような白、キキョウの薄紫もあって色とりどり。
濃いオレンジ色とやわらかい花弁、背の高いカンナは、疎開先の宮崎で農業と園芸をおぼえた祖父が育てていた。カンナにほかの色があっても、この色が断然いい。カンナは夏を運んでくる。
 
 似合わないのにオレンジ色のポロシャツを買った。昭和47年だと思う。それから何年経ったろう、体型が合わなくなったポロシャツを「着てもいい?」と伴侶が言い、マニラへ持っていった。
 
 羽田発マニラ行きチャーター便は小型飛行機で、マニラ観光に関してほとんど記憶はなく、往時のスナップ写真を見て思い出すことは少しだけ。忘れられないのは、小生の座席のリクライニング装置が故障していたこと。チャーター便は満席、飛行時間4時間半を窮屈な思いで過ごした。伴侶が「席代わってあげようか」と何度も言ったが、それはできません。
 
 マニラの電話ボックスで伴侶を撮影したこともおぼえていない。伴侶が「これ、マニラ」と言ってくれなければ、どこかわからなかった。ポロシャツはカンナの色と若干異なるオレンジ色。画像をアップしたときは場所をおぼえていたはずなのに、いつの間にか忘れている。
 
 2013年6月18日、伊勢志摩からの帰り道、途中にある室生寺へ寄った。
その後も紅葉やシャクナゲの時季に室生寺へ行った。人出の最も多かったのはシャクナゲの咲く4月下旬から5月上旬。6月18日、室生寺の鎧坂、金堂は私たちのほかに人影が見当たらず、正午のお勤めが行われていた。
 
 緑につつまれた抜群のロケーションに美しい佇まい。国宝、重文の仏像が居並ぶ金堂でひとり読経とはうらやましい。僧侶の袈裟は山吹色。冠位十二階なら6番目の色だ。位はどうでもよろしい、金堂のほの暗さに山吹色が映えていた。
深閑とした金堂の読経の声にしばし耳をかたむける。読経が終わるとセミが鳴きはじめる。梅雨入りしたかどうかもわからない。山間のセミは気が早いのか。
 
 室生寺に50年間つとめたという76歳の女性が金堂におられ、その方の60代、70代の話をされた(「室生寺夏」)。私自身の過去、現在、未来を象徴するかのようなお話だった。
 
 あれから8年しか経っていないが、ずいぶん昔のような気がする。子どものころはきのうの出来事なのに。来る夏、去る夏、書き切れない過去。あと何回夏を経験できるのだろう。
 
 
2013年6月18日、伊勢志摩の某宿の駐車場に咲いていたカンナです。


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