2021年9月11日    秀作 The Fall
 
 連続ドラマ「The Fall」(英 2013−16 シリーズ1〜3)日本語字幕付のサブタイトルは警視ステラ・ギブソン。1話60分、各シリーズ5話または6話構成(DVD)のうちシリーズ1と2計11話をみた(シリーズ3は日本語字幕がない)。
ロンドン警視庁から北アイルランド・ベルファスト署へ派遣された女性警視ステラ・ギブソンを「Xファイル」のスカリー捜査官役ジリアン・アンダーソンがやっている。
 
 警視ステラ・ギブソンは抜群の推理で連続殺人事件の捜査に当たる。犯人(映画「プライベート・ウォー」でカメラマン役をやったジェイミー・ドーナン)は明かされているのだが、脚本、演出が秀逸。「刑事コロンボ」も最初から犯人はわかっているが、較べると「刑事コロンボ」は学芸会。
 
 「The Fall」はT.S.エリオットの詩「The Hollow Men」の一文「アイディアと現実、モーションと行動のはざまに影が落ちる(fall the shadow)」に由来。
米国・刑事ドラマのような派手なカーチェイスや格闘、銃撃シーンもなく英国風サスペンスの常套として粛々と展開し、ステラも犯人も頭脳明晰、みる者をぐいぐい引きこんでいく。小さな出来事がどこかで結びつく。
 
 主役2人以外も魅力的で多彩。目が離せないのは、婦人警官フェリントン役ナイアム・マクグラディと警部イーストウッド役ステュアート・グラハム。両者ともにアイルランドの俳優。婦警は犯罪を未然に防げなかったことを悔しがり、警視は悲憤と使命感に満ちている。
 
 記憶や手がかりの断片をつなぎ合わせ、積み重ねていく。そうすることで一瞬のひらめきにもありつける。作家と捜査員の共通点はそこであり、犯罪者と作家はともに過去の幽囚である。
 
 シリーズ1の第1話、ギブソンが泥パックのようなものを洗面台で落とすシーン(ロンドンの自宅)から始まるが、そこから一転して舞台はベルファストへ。10日程度の滞在予定のギブソン警視はベルファストの高級ホテルに宿をとる。ホテルの部屋はドラマと密接に関係し、彼女が泊まっているホテルとは対照的な安宿(容疑者が利用)も効果的。
 
 おそらくはノンキャリアの婦警と警部は、キャリア警視ステラの心のなかを見ようとさりげなく見る。静から動、動から静へ移るときの角々のしぐさ、表情、目がうまいのだ。
しかし彼らの出番が少ないのは惜しい。犯人に絡んでいく15、6歳の少女のシーンが多いのは、そういう筋立てでもあり、中高生の視聴者や同年代の娘を持つ親をドラマに取り込む戦略なのか。ミドルティーンの出るシーンは間が持たず退屈。少女が絡む場面の重要なポイントは一つだけなので、ほかは流してみるか、すっ飛ばせばいい。
 
 30代前半のエリート女性を狙った連続絞殺魔の容疑者はサイコキラーに見られる性格破綻者と一線を劃している。彼は6歳の女子とその弟の父親で、子どもを深く愛し、妻ともうまくいっている。
それがなぜという疑問は、ドラマのなかで明らかにされる。あるいは謎が深まる。主役2人の行動は代わる代わる紹介され、ドラマをみる者は彼らの言動や沈黙シーンで推理する。
 
 60分はあっという間、始まったと思ったら終わっている。1日に2話か3話みることが可能なのもDVDならでは。展開を予想するのは容易ではなく、部分的に予想できたとしてもスリリングな展開、続きをみたくなる。
 
 会話が生き生きしており、ドラマを盛り立てる。せりふが役者によって身体化される。思い切りのよいアングルと切り取りなどカメラワークもよく、ベルファストの住宅街、裏町の描き方が巧みで、街を一望できる容疑者の隠れ小屋付近からの夜景は地味で陳腐なのだが、それがかえっていいように思える。本格的サスペンスの秀作である。
 


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