2021年9月18日    ザ・クラウン(1)
 
 テレビ局全般におもしろいドラマがなくなりつつある。たいしたことのない昔の映画をくり返し放送するNHK、この春以降、急に失速しはじめたWOWOW。有料放送の面目躍如とはいかない数ヶ月にたまらずBDやDVDを買いはじめた。
 
 英国サスペンスドラマ「The Fall」はすでに紹介し、今回はサスペンスではないけれど、英国の視聴者をとりこにしたというドラマ「ザ・クラウン」(2016年11月)について。傑出した演出、往時の衣装の忠実な再現。役者も揃い、せりふを入念に仕立て上げ、連続ドラマの白眉といえる。そのシーズン1(各話約60分10話)をみた。
 
 エリザベス女王と夫エディンバラ公フィリップは可もなく不可もないキャスティング。賞讃に値したのは、女王の祖母メアリー役アイリーン・アトキンス、ウィンストン・チャーチル役ジョン・リスゴー。
主席秘書官トミー・ラッセルズ役ピップ・トーレンス、マーガレット王女役ヴァネッサ・カービー、ウィンザー公役アレックス・ジェニングス。すぐれた役者は目で芝居する。そして、せりふをハラ(精神的指針)で言う。
 
 陰翳のあるシーンで、ともすれば暗くなりがちなトーンを明るいタッチとユーモアで包む。視聴者が憂鬱な気分になる手前で変化をつけ、気分転換させるのが英国流。英国ドラマはじっくり描いていながらテンポがよい。
米国とか北欧の連続ドラマは、俳優のなれ合いでドラマが進行し、必要な部分を省き、どうでもいいシーンをごちゃごちゃ入れて時間を稼ぐ。それでどうなるかといえば、緊張するシーンがだらけ、ウケ狙いのシーンに頬が引きつる。
 
 女王役クレア・フォイの芝居で秀でているのは、よほど研鑽を積んだのだろう、特徴のある発音と口調は女王そのもの。マーガレットの子役は、仕種も顔も1930年代のマーガレットの再来である。
 
 百戦錬磨の英雄チャーチル首相のジョン・リスゴーは、芝居のうまさで鳴らした米国俳優で、映画、舞台で数え切れないほどの役をこなしている。米映画「女神の見えざる手」で上院議員(聴聞会の議長)をやり、うまいところをみせた。シェイクスピア劇でも英国の役者にひけをとらない。
舞台俳優は発声の基礎ができている。英国は舞台から始めた俳優がほとんどなので口跡がいい。事情が許せば日本語吹替えではなく字幕スーパーでみるべき。彼らのよく通るステキな声を聞ける。トミーの声は特にいい。
 
 「ザ・クラウン」シーズン1の時代背景はおおむね1950年代初め、78歳となっても第二次チャーチル内閣を率いているが、高齢と疾病で青息吐息。最盛期を過ぎ、落ち目となった首相のハラができている。そこのところがジョン・リスゴーはうまい。
米英合作映画「ウィンストン・チャーチル」でゲイリー・オールドマンがチャーチルをやり、がんばったけれど、特殊メイクとジェスチャーで似せようとしてもハラがそなわっておらず、チャーチルの人生を生きているとは思えなかった。
 
 卓越した外交手腕を持っていても、何から何までうまくいくことは至難。老雄は勇ましいだけではやっておられず、女王への忠告、進言もスムーズにいかなくなる。時に失敗し、国民からもメディアからも批判され、苦境に立つ。晩年ともなれば頑固さが募り、耄碌も加わり、ライバルは失態を望んでいる。
 
 1950年代初め、ロンドン市民はスモッグ被害に悩まされていた。呼吸器や肺に障害の出た患者が急増、医療崩壊寸前に追い込まれた。旧弊なチャーチルに深刻さはなく、議会からもメディアからも批判を浴び、彼の女性秘書が交通事故に巻き込まれ、チャーチルは病院の惨状をまのあたりにして決断する。
 
 首席補佐官トミーは前国王と王妃のアドバイザーをつとめていた経験から自信過剰と思えるほど強気。経験の薄い20代の女王に対して堂々と意見を述べ、妥協しない。
女王が反対の立場を示しても、最後は女王がお決めになることですからと言って突き放し、結局、自らの考えを通す。それが王室と国民のためだという確固たる信念の持ち主。それをトミー役のピップ・トーレンスは見事にやっている。
 
 トミーは第一次大戦中、フランスへ騎馬義勇兵として従軍し大尉となる。終戦後ロイド卿に伴われてボンベイに赴き、エドワード8世の秘書官補に任命される。しかし主義主張の違いで辞任、1943年ジョージ6世の主席秘書官となり、引き続き1952年女王の主席秘書官を1年間つとめて退職した。
 
 ウィンザー公はエドワード8世として即位しながら王冠を捨てシンプソン夫人と結婚した札付き。独身の王が離婚歴のある米国女と結婚するなど、王室側から見れば非常識を通り越して許しがたい背信行為である。当人は愛こそが至上と思っており、反面、王位に未練を持っている。
 
 ウィンザー公の母メアリー(ジョージ5世の王妃でエリザベスの祖母)はドラマのなかで身勝手でわがままな長男ウィンザー公を、「あなたのせいで(ジョージ6世の)寿命が縮まった」と罵っている。エドワード8世の退位で次男のヨーク公が王位に就いた(ジョージ6世)。
 
 祖母メアリーは独身時代、ヨーロッパの親戚を転々とし、フランス語、ドイツ語などを流暢に話しただけでなく、各国の文化、歴史に通じ、外交手腕もかなりのもので、夫ジョージ5世は外遊に出ると王妃を頼りにしたといわれる。いかにもという感じが伝わってくるのは、アイリーン・アトキンスがそういうハラでメアリーをやっているからだ。
 
 英国ドラマ(フランスも同じ)は端役のひとりひとりにいたるまで手を抜かず、ドラマを支えている。名せりふと名場面は脚本と演出にも因るけれど、役者の腕に負うところも大。
主たる俳優は各々が生涯の当たり役と思えるほどの芝居をしている。あっという間に1話60分が終わり、せりふや場面のひとつひとつが記憶に残りがたく、断片だけが記憶の隅っこをただよっている。
 
 名場面はドラマをみる人たちに委ね、父王崩御にさいして悲嘆に暮れている新女王に宛てた祖母の手紙と、ジョージ6世葬儀のチャーチル弔辞を紹介したい。文言は祖母役アイリーン・アトキンス、チャーチル役ジョン・リスゴーが朗読する。それぞれが心に沁みる名朗読なのだ。
 
 チャーチルのライバルである外務大臣イーデンがほかの政治家とともにテレビの前に陣取って弔辞を聞いている。表情の変化をせりふなし、顔だけで演じたイーデン役ジェレミー・ノーザムがうまい。
 
 感動を呼ぶ弔辞の前に、祖母が女王に宛てた手紙を。
 
 どれほど愛し、打ちひしがれているかは察します。しかしその感傷は一時傍らに置き、役目を果たさねば。国中が悲しみに暮れています。あなたの強さと統率力が必要です。私はこの目で見てきました。公務と私生活の区別がつけられず滅んだ君主国を。決して同じ過ちを犯してはなりません。
お父さまのほかにもうひとり別れを告げねばなりません。エリザベス・マウントバッテン。彼女は別の人物と入れ替わりました。エリザベス女王です。2人のエリザベスは対立し、衝突するでしょう。しかし常に王位と王冠が勝たねばなりません。どんなことが起ころうとも。
 
 外務大臣イーデンの顔が驚きに変わっていくチャーチルの弔辞は後日。
   
                                    (未完)
 
        
                        エリザベス女王役のクレア・フォイ


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