2021年10月15日    フォーサイト家

 
 最近買い込んだDVD(またはBD)には秀作が多い。「フォーサイト家 愛とプライド」(原題「The Forsyte Saga」)はグラナダTV(英国)制作。シーズン1を2002年、シーズン2を2003年に英米で放送された。ノーベル文学賞を受賞したジョン・ゴールズワージー(1867−1933)の傑作を全10話(各話約70分)にドラマ化。日本の放送局で公開された記録はない。
 
 1960年代「フォーサイト家物語」のタイトルで翻訳本は出版され、90年代にも叢書本として刊行されたが、一部読者以外は研究者向けの感がある。原作を読んでいないのでドラマとの比較はできない。1870年代から1920年までのフォーサイト家三世代の人生を巧みかつ精細に描き、せりふがすばらしい。
 
 ほかのドラマでは主に助演のルパート・グレイブス(ジョリオン役)、ジーナ・マッキ−(アイリーニ役)、ダミアン・ルイス(ソームズ役)の3名が見事に主役をやる。うまい脇役はうまい。ルパート・グレイブスはいつか主役を、特に演技力を求められる役をやってもらいたいと願っていたが、19年も前に実現していたとは知らなかった。
 
 ソームズ、ジョリオン、アイリーニの約50年は愛と確執にふちどられている。好人物ジョリオンでも最初の妻と子を捨てるように出奔し、愛のない結婚をしたアイリーニは結局ソームズを裏切り、落ち度のないソームズは妻に固執する。落ち度がなくても愛されない男。落ち度があっても愛される男。
言ってしまえばそれだけのことなのだが、ありきたりのドラマ冒頭部に見られるような人物紹介や講釈をせず、彼らの生き方を丹念に描く。それがゆえにどの人物も生き生きしている。ジョリオンは娘の家庭教師と駆け落ちすることを資産家の父親に宣言し、農夫となって子ども2人を育てる。
 
 長いあいだ絶縁状態になっていた父親はジョリオンと会って援助を申し出るが、なんとか生活していると明るい調子で断る。息子の態度も父親(オールド・ジョリオン)の反応も感動的。不幸の連続でも神から救いの手をさしのべられる人物。救われるのは彼らだけではない、テレビの前の私たちだ。
 
 ソームズの最初の夫人アイリ−ニをやっているジーナ・マッキーは連続ドラマ「ボルジア家」でチェーザレ・ボルジアに対抗する女傑カテリーナ・スフォルツァ(ミラノを支配したスフォルツァ家)を演じた。中世後期ふうの面長な顔。不敵な表情と果敢な言動。
アイリーニのピアノ演奏(ショパンの曲)に魅せられるソームズ。物思いにふけるとき、思いを断ち切るときなどにピアノを弾く。夫と別居後ピアノ教師として細々と生計を立てるアイリーニ。一筋縄でいかない女性がストーリーを多彩にし、深みをもたらす。
 
 米国ドラマがつまらないのは、中高生向きのせりふを多用し、脚本はお粗末、キャスティングはデタラメ。駄作映画濫造の日本は評にかからない。ドラマのなかで人生を精一杯生きておらず、人生に必須であるユーモアと自己省察を欠く。安手の笑いに終始し、笑うのは中高生だけではないか。米国産ドラマは実利を追う人間がうようよいて中身が薄っぺら。
 
 ソームズの妹の夫ダーティはある種道化役で、エリザベス2世と王室、関係者を描いた英国ドラマの秀作「ザ・クラウン」(2016−2020)でタウンゼント大佐をやったベン・マイルズ。不真面目で滑稽な味をふんだんに出している。
久しぶりに再会するジョリオンとアイリーニ。男が「ちっとも変わらない」と言う。女は「人生に取り残されているからよ」と返す。思わず笑う。わかる人にはわかるだろ。
 
 実利を追い求めるソームズの胸のうちは複雑なのだけれど、それをどのように表現するか。脚本、役者の力量は重要である。うまい役者は追いつめられたときや寂しいとき、つらいときの芝居もさまになっているし、ふだんの何気ない芝居もうまい。低予算でも秀逸なドラマは成立する。
 
 許せないから受容れない人。許せなくても受容れる人。許しても受容れない、あるいは、受容れても許せない人。ドラマは人生を追う。ジョリオンの最初の娘ジューンのせりふ。「私には画廊の経営という誇れるものがある。でも最大の誇りは過去を水に流せたことです」。
 
 子どものころ、子どもとして話し、子どもとして理解する。おとなになったらどうなのか。人は過去の幽囚である。静かな雨がいろんな音を消すように、すぐれたドラマは世の騒音を消してくれる。
 
 下記はホームページ「komori旅の部屋」を開設した2001年、表紙に記した一文です。
 
 「欲望が理性のさげすむものを愛するからといって旅行鞄に禁欲をすべりこませるべきではない。よろこびと高揚に満ちた旅だけが旅ではあるまい、不足や自己省察が次の旅を促すこともあるのだ。いったん欲望に負けた魂は強靱となって、免疫力の増すことを理性は知っているだろうか。
旅が思索を育み、思索は旅を求める。だが、いつの日か思索するちからの失われるときがやってくる。その日まで私たちは、旅をすることで自らを表現し、心の風景にたどりつくための旅をつづけるのである。」
 
 古人が言うように人の一生は旅である。見晴らしがよかろうとわるかろうと、 貧乏旅行であろうと金満の旅であろうと、旅の友がいようと途中で消えようと、十分生きたと思っても旅はつづく。思索できなくなるまで。
 
 
 「フォーサイト家」では、19世紀末ヴィクトリア期、アイリーニがラファエル前派の絵から抜け出したような服で出てくる。20世紀になってからの衣装、帽子もいい。英国の歴史ドラマ、衣装を見事に着こなす役者たち。魅力のあるドラマはみどころが散らばっている。10話700分は一瞬である。

前の頁 目次 次の頁