2021年11月11日    一本の道 ピーク・ディストリクト
 
 「一本の道・ピーク・ディストリクト」(2016年10月26日放送)はベイクウェルをスタートし、リットン(Litton)〜ミドルトン(Middleton)〜ウィン・ヒル(Win Hill)〜イーデイル(Edale)、ヘイフィールド(Hayfield)〜キンダースカウト(Kinder Scout)の60キロを歩く5泊6日の旅。
 
 一般的なハイカーは、もちろん小生もそうだが、1日目と2日目の南北を往ったり来たりの順路を歩くことはない。ベイクウェルからだと最初にミドルトンへ行き、そこから北上してリットンへ進む。そのほうが歩行距離も短くムダを省ける。番組の都合でそういう行程だったのか、編集段階で順序を入れ替えたのかもしれない。
 
 ウォーキング王国イングランドのフットパスを歩く。気取らない率直さ、素の自分のまま宿(B&B)で日記をつけ、鎌倉千秋自身がナレーターをつとめるところに妙味がある。
日記の文字は、「コーンウォール」の松村正代もそうだったが、くっきりした読みやすい字を書く。行ってもいない者が、あるいは行ったとしても、制作側の陳腐な作文を読む番組はつまらない。自分の体験であるなら自分の言葉で語るべきだ。
 
 ピーク・ディストリクトは1951年、英国で初めての国立公園に指定された(2番目は湖水地方)。フットパスの歴史の概略は番組で紹介される。ハイカー鎌倉千秋は日記に、「(フットパスに)受け継がれた想いと絆は、きっと、この野山に引かれた幾筋の道とつながっているのだ」と記す。
 
 彼女はいままで「1日2キロ以上歩いたことがない。最長は1.7キロ」というウォーキング超初心者であるけれど、なに、最初はみな初心者だった。今回の最長歩行距離は1日16キロ。平坦な道だけではない、健脚なら足だけで登るところを四つん這いになってよじ登り、よれよれの状態で「疲れる」となさけない声を発し、足にテーピングしながら歩く。
 
 ある日、晴れている高台から遠方の雨の柱を見る。そしてまもなく山吹色のウィンドブレーカーが雨に打たれ、袖口をつまんで狂言師のように歩く。後ろ姿がコメディアンふう。思わず笑ってしまう。街中で飲むとそれほどおいしいと思えない黒ビール。こういうところを歩いたあとの一杯はうまい。
 
 3日目のウィン・ヒル。まさか歩けるとは思っておらず、限界を超えた達成感にひたる。「それだけに4日目のルーズ(Lose)・ヒルはもうダメでもいいのではないかと思った。しかし登り終えたときは、自分にまだそんな力があったのかと驚いた」。
 
 彼女の旅は、旅の原点「歩くこと」であり、ピーク・ディストリクトにはりめぐらされたフットパスのほんの一部を歩くことによって、フットパスの原点「歩く権利」を知る旅でもあった。
鎌倉千秋は親しみやすく、明るく愉しげで、魅力的な人物だった。歩行者が終点にたどり着いても一本の道はつづいている。明日も明後日もだれかが歩く。「受け継がれた想い」は生きつづけるのだ。
 
 
             ウィン・ヒルの約3キロ東にあるバンフォード・エッジ(Bamford Edge)


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