2022年11月27日    秀作 アウトランダー(1)

 
 ハイランド(高地地方)は荒涼とした風景が続いている。低木さえ見当たらない山々、行けども行けども寂寞たるムーア。それでもハイランドの魅力は損なわれるどころか増している。
風景を見て思ったのは、グレンコーやカローデンムーアの惨劇ではなく、敵と渡りあった人々の生活だ。荒れ地を耕し、洗濯し、荒野を歩く人々。レンタカーを運転し、気に入った場所で車を停め景色を眺めると自分の少年時代が浮かんでくる。
 
 初めてハイランドを旅したときは茫洋とした風景を見て呆っと立ちつくした。心を奪われた。子どものころ何を求め、何を拒んできたかを思いおこさせた。大切にしてきたものが何かに気づく。
 
 ハイランドが舞台の英国連続ドラマという理由だけで長編ドラマ「アウトランダー」を買った。シーズン5まで販売されているが、ハイランドを舞台にしたシーズン1(16話 1話60分弱)、フランスが主な舞台のシーズン2(13話)計29話を購入。
10月下旬から11月中旬にかけて一気にみる予定が、シーズン1を終えて1週間中断し、一昨夜、シーズン2の最終話(第29話)をみた。1740年代のハイランドやフランス(シーズン3以降は独立戦争前の米国)、1940年代のロンドンなど200年の時空を行き来し、18世紀半ばをじっくり描く。
OUTLANDER=外国人、よそ者(三省堂グランドコンサイス英和辞典)
 
 就寝前に伴侶と一緒に録画番組やDVD(またはBD)をみる習慣がついて15年くらい経過した。特に2020年春からコロナ禍でドラマも映画もつまらない作品ばかり。しかたなく市販DVDやBDを50種類ほど購入。映画より連続ドラマのほうが圧倒的に多く、連続ドラマを合計すると300話以上。約300時間をドラマ鑑賞に費やしたことになる。
 
 ストーリー、脚本、演出、ロケーション、道具、衣装などに工夫をこらし、スタッフ全員が一丸となって結集し、役者が芝居を磨き、役に生きてこそみるべき値打ちのあるドラマとなり、そういうドラマは人生の一助となる。小説(原作)がドラマよりすぐれているといわれるのは、登場人物の心理を細部にわたって記す点にある。
しかし秀でた役者は原作の心理描写をハラで絶妙に演じる。ハラは精神的指針。文章は読み返すことができるがドラマはできない。読み返して理解できるのが小説の利点。しかし役者がそろったドラマは小説より臨場感にあふれている。
 
 役者は表情や口調の微妙な変化、目の動き、顔の向き、額が明るくなったり曇ったり、口元が緩んだり締まったり、歩き方や立ちどまり方、振り向き方によって細かい心理を表現する。目を閉ざしたり見開いたり、眠っているときさえ芝居のうまいへたが出る。
 
 朝ドラ「舞いあがれ」は脚本が稚拙で、主人公は共演者が何を言うか知っている顔で芝居する。発声がクリアでなく、せりふ回しもわるい。えびす顔と無機質な顔だけでは芝居にならない。どこの店頭で見てもダイコンはダイコンである。共演者も高畑淳子と高橋克典のほかはパッとしない。
昔の朝ドラはそんなことはなかった。「本日は晴天なり」の原日出子、「ええにょぼ」の戸田菜穂、「純情きらり」の宮崎あおい、「あさが来た」の波瑠、「つばさ」の多部未華子。魅力的な芝居をした。
 
 アウトランダーはキャスティングがよく、各話随所に見せ場を設け、テンポもいいから次の展開に期待を持てる。共演者には既知の役者もいたが、主演のクレア役カトリーナ・バルフとジェイミー役サム・ヒューアンは、このドラマで初めて知った。クレアはイングランドからスコットランドへタイムスリップする。
(カトリーナ・バルフは「プラダを着た悪魔」(2006)、「グランド・イリュージョン」(2013)に端役で出演しているが、まったくおぼえていない)。
 
 シーズン1と2はハイランドのカローデンの戦いまでの出来事を戦争を進める側と、食い止めようとする側の両方から描いてゆく。1940年代、第二次大戦の従軍看護士だったクレアはカローデンの戦いの顛末を知っているから、ハイランドで交流した氏族が戦死しないよう努め、クレアと結ばれたジェイミーも必死に協力する。
 
 カローデンの戦いは、名誉革命で追放された国王チャールズ2世の孫で、フランスに亡命していたプリンス・チャールズがスコットランドに帰国、ハイランド氏族の助けを得て1746年におこした戦いで、後世さまざまに脚色され語り継がれている。装備も兵士も武器もイングランドに較べて著しく劣る側の敗戦は目に見えている。
 
 18世紀半ばまでのイングランドの残虐性はロシアがウクライナでおこなっている殺戮を思いおこさせる。米国や西欧諸国がそうしているようにフランスが真剣にスコットランドを支援していれば戦いは長引き、スコットランドに勝利をもたらしたかもしれない。
シーズン1は残虐シーンもあり、しかし演出過剰気味の長編ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」ほど執拗にくり返さない。シーズン1後半のラブシーンは濃厚で、新婚時代を思い出せば頷けるけれど、おおむね忘れている。
 
 興味深いのは、クレア役カトリーナ・バルフ。当初は陳腐で平凡な芝居をしていたのだが、回を重ねるたびにうまくなっていく。シーズン2が始まるころは見応え十分の出来。実在感に満ちている。
シーズン2は主にフランス宮廷が舞台。退屈な宮廷人のどうでもよい会話は耳に残さず、薬に関する知見が豊富な薬屋のあるじとクレアのやりとりはおもしろい。そしてクレアが医師として獅子奮迅の活躍をする修道院のシーン。修道院・看護士長の老修道尼(フランシス・デ・ラ・トゥーア)がいい芝居をしている。彼らの登場で俄然おもしろくなっていく。
 
 アウトランダーのすばらしさは、ジェイミーが心の傷を負いながら生きてゆくことと、クレアが病人の治療を生きがいにしていることだ。使命感を持ちつづけコロナ禍で活躍した医師・看護士を思い出す。
 
 クレアとジェイミーが窮地に陥ったときや、互いの信頼を確認するシーンの会話は、夫婦を長くやっていれば納得できる。夫婦がクチに出せないことを彼らが語ってくれる。1940年代の夫より1740年代の夫を深く愛してしまうヒロインの心模様は、ハイランドやフランスで出会う多彩で彫りの深い人物によってふちどられてゆく。
 
 パリで次々と出会う人々は、修道院以外の女はたいしたこともなく、男が魅力的。ジェイミーに雇われる少年はディケンズのオリバー・ツイストを想起させる。総じて思うのは、魅力のない人間の出演シーンは短く、魅力的な人間のシーンは長い。ドラマはそうであらねば。
 
 アウトランダーに出てくるハイランドの町はフォート・ウィリアムとインヴァネス。カローデン・ムーアはインヴァネスの10キロ東にあり、1983−1985年にオクスフォード留学中の徳仁親王(現在の天皇陛下)がムーアのB&B「カローデン・ハウス」に宿泊された。
 
 18世紀当時の建物カローデン・ハウス(Culloden House)は、ハイランド氏族の末裔マッケンジー家が所有し、20世紀後半にB&Bとしてマッケンジー夫妻が宿泊客をもてなした。居間、食堂、各部屋は内装を変えてはいるが往時のままで、バスルームは現代仕様。1990年の宿泊料はデラックス・ツイン155ポンド(2人分の朝食&税込)だった。
 
           (未完)

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