2023年2月4日    秀作 アウトランダー(3)
 
 英国は役者の層が厚い。初めてみるドラマにどこかでみた役者はまったくいないか、いても一人か二人。俳優の層が薄い日本のようにドラマを何本も掛け持ちすることなど考えられない。
英国の役者は演技の幅が広いから、ほかのドラマに出演しても別人のような芝居をする。彼らは演劇学校で発声法から徹底的に鍛えられ、ほとんどが役のハラを会得している。
 
 英国のドラマ出演者は最初から魅力的な人、みているうちに魅力的になっていく人がいて、最後まで魅力のない日本のドラマとは大違い。実人生でだれからも愛される人間がいるように、すぐれたドラマには愛すべき人物を違和感なく演じる役者が登場する。それは往々にして主役ではなく、主人公を支える人物である。脇役のひとりひとりに至るまで手を抜かず、視聴者はヘタな芝居に目をつむらなくてよい。
 
 本邦のテレビドラマ界や映画界はコネとかなれ合いで出演しているタレントが多く、ダイコンの叩き売りの様相を呈している。
WOWOWは仕入れ値の安い北欧サスペンスを次から次へ放送。キャッチコピーは「人気急上昇の北欧ドラマ」。
中高生向きの陳腐なストーリーをダラダラと6〜8話もやる。ムダなシーン、セリフが多すぎる。1話の10分か15分みれば駄作とわかるので続きはみない。NHKとかWOWOWの中国ドラマはユーモアが欠如し、役者は生真面目すぎて余裕がなく、みる気にならない。みても疲れるだけ。
 
 主に18世紀半ばを舞台とする連続ドラマ「アウトランダー」のマータフは主役のひとりジェイミーの名付け親で、ハイランド時代から米国時代まで、敵味方に分かれたときも互いを支え合う。
クレアとジェイミー夫婦の絆はシーズンごとに深まってゆく。クレアは外科手術などの治療に専念する医師として、ジェイミーは独立戦争前の米国の新しい土地を開拓する勇敢で実践力のある真のリーダーとして。クレアがカビの培養に成功しペニシリンをつくることができたのは20世紀に得た知識と経験による。
 
 毒蛇に足を咬まれたジェイミーが瀕死状態に陥ったときクレアに言う。われわれは「人の通らない森の道を通ってきた」、「最期に残す言葉が愛しているでなくても、言うヒマがなかっただけだと考えてくれ」。西欧流でわかりやすく、ユーモアもある。
 
 西欧時代劇の衣装はすばらしい。女性のセクシー度を強調する現代劇の衣装は取るに足りず、すぐ飽きる。衣装も身体の一部であり、演技も衣装も節度が足りなければ芝居にならず、演出、脚本、衣裳、撮影、役者などが一丸となってドラマは成立する。アウトランダーの衣装は老若男女を問わず普段着もセレモニー用も秀逸。着飾っても着飾らなくても絵になる。
 
 日本の着物は彩り豊かで優雅、普段着である「大島」は渋く、西欧の衣装と比較しても遜色はない。しかし活動的とはいえず、楚々と歩いたり、庭や家屋で静かにしているときは問題ないけれど、旅道中には着物の裾を端折らねばならず、野山を歩くには活動的なモンペが向いている。絵になるとは言いがたいが。
 
 シーズン1と2でスコットランドのために戦ったジェイミーはシーズン5で妻のために戦う。下の画像の背後はワラの十字架。森林の見晴らしのきく高台に置かれ、ジェイミーが戦いに出るとき十字架を燃やし、それを合図に忠節を誓った仲間が集まる。英国的騎士道とでもいうべきか。
 
 子どもだったファーガスは良き夫となりジェイミーに尽くす。数奇な生い立ちのマーサリ(ファーガスの妻)は頭の回転が早く、度胸のすわっていることからクレアの助手になる。ストーリー展開、セリフにムダがなくテンポもいい。
クレアとジェイミーの娘ブリアナの夫ロジャーも戦いに赴き、シーズン4でロジャーの代わりに米国の先住民族に引き取られたイアン(ジェイミーの甥)も加わる少数精鋭の部隊。
 
 誓いを守ることに価値があり、誇りであった古き良き時代。正直になれないがゆえに哀感をにじませるヤワなドラマは日本の得意芸である。正直になることによって感動をもたらす「アウトランダー」は英国の得意芸。
日本のタレントの芝居にかけるモチベーションが高いとは言いがたいし、演技の幅も狭く、長いものに巻かれろ式の慣習が浸透している国で舌を巻くようなドラマ制作は成りがたい。企業なら能力不足を補う従業員はいるが、演劇の世界は自分だけが頼り。
 
 歌舞伎役者は限られた家が受け継ぐ。浮き沈みの激しい新劇の役者人生は短い。きょうのオファーはあっても、あしたはないかもしれない。主役級が制作側やスポンサーとの人間関係を密に保つのは当たりまえなのだが、主調は彼らではなく芝居。どっちもつかずになったらお終いだ。視聴者も制作者もきまぐれである。
 
 新劇の名優はみな死んだ。生きていても活動していない。昭和はますます遠くなり、ドラマから活気がなくなっていった。
 
 「アウトランダー」シーズン4は13話(1話55〜58分)、シーズン5は12話。シーズン6へドラマは続くけれど字幕版・吹替え版は未発売。販売元は何を考えているのか。それにしてもこれほどスコットランド、とりわけハイランドにこだわり続けたドラマをほかに知らない。
 


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