2023年8月11日    ゲーム・オブ・スローンズ
 
 「ゲーム・オブ・スローンズ」第一章〜第四章40話セット(字幕版 BD20枚)を購入したのは2022年8月。お盆に第一章の一話目(各話55分程度)をみはじめたが、残虐シーンを正視できず疲労がたまるので中断。
この3年間、日本で放送されていない英国連続ドラマをしこたま買い込み視聴した。知らない役者も多く、調べてみると必ず「ゲーム・オブ・スローンズ」で○○役をやった俳優と紹介されている。ほかに紹介の仕方はあるだろうに。
 
 2023年7月上旬「ゲーム・オブ・スローンズ」を再びみはじめ、第三章の視聴の終わるころ、第五章から第八章(最終章)まで全73話を取りそろえる決心がついた。毎夜2話、数日の休息を2回入れ8月5日終了。毎年一章、約10年にわたって八章制作された大作。
 
 中世のイングランド。7世紀から9世紀にわたってケント、ウェセックス、サセックス、ノーサンブリア(北部)など七王国が自分たちの王国をつくりブリテン島を支配した時代。各王国は同盟、離反、分裂をくり返し、覇権を争い、どの王国もイングランド全体を支配できず、9世紀のアルフレッド大王、後継者の代に至るまでごたごたが続く。そうした歴史を参考にしながら創作された架空の時代劇巨編。
 
 玉座をめぐる陰謀、争乱、同盟、裏切りはいつ果てるともなく続き、有力貴族が衰退しても別の貴族が権力者と結託し、不誠実で約束を守らず、堂々と言い立てるのが正直者であるかのごとくふるまう。
国家は権力者のために存在し、家系を守るため、統治のために他者の犠牲は当然という悪役は反感をあおる。破壊者は時に解放者となり、その逆もあり、解放者と破壊者は紙一重。視聴者が思い描くストーリーを予想し、そうはならないぞという脚本。筋書き通りにいかない筋書きが展開し、先読みが当たっても当たらなくてもおもしろい。
 
 王家存続のための武力と権謀術数ということだが、いつかほころびが出る。人望があり、強力な軍団を持つ北部名門貴族に疑念を抱く王妃サーセイと少年王は彼を処刑する。派兵された王の軍を撃破し、父の仇をうつために出兵する息子たちと彼らに味方する人々。三々五々集まる勇者は南総里見八犬伝を想起させる。
出色だったのは落とし子のジョン・スノウと次女のアリア。正妻の子でないことに劣等感を抱くジョン・スノウ、長女サンサに勝るのは乗馬くらいだと思っているアリアの勇気とチャレンジ精神に魅了された。
 
 兄のジョン・スノウは剣の達人。正義感が強く思いやりもあって男らしい。妹のアリアは父に頼んで剣術を学ぶ。アリアの師匠は独特、舞うがごとく華麗に剣を使う。アリアの剣術修業で東映時代劇「新吾十番勝負」の主人公を思い出した。新吾(大川橋蔵)は大台ヶ原で剣の修業に励む。修業を終え、腕をみがくため旅に出る。
王妃と少年王の魔の手がアリアにせまり、稽古中の師弟を襲う。アリアを脱出させた師匠は敵と闘い、居城を奪われたアリアは命からがら逃亡。王都で処刑される父を見て強い衝撃をうけるが、復讐するには生きなければと決意する。アリアと協力しあう鍛冶屋の若者は重要な役。
 
 主要な人物が各地をさすらう。屋外ロケ地はマルタ島、ドブロブニク、セビリア、アイルランド、アイスランドなど広域に及び、アリアが最も長い旅をする。風景の美しさ、険しさ、生き残ることの厳しさ。ドラマは原作にない場面とせりふをふんだんに盛り込み視聴者を魅了する。
 
 長女サンサは凄惨な生き方を強いられ、弟たちも追手から逃げ、過酷な生活を余儀なくされる。敵側の身内にも捕虜となって厳しい日々を送る者がいる。王妃サーセイ(この時点で王太后)の双子の弟ジェイミーと、その弟ティリオンだ。
ティリオンは生まれつきのコビト。父に迫害され酒をあおり、娼家に入り浸る日々を送っているが知恵者。放蕩に明け暮れていても視点は庶民で、為政者や敵味方のあいだを泳ぎぬく宦官ヴァリスと価値観が似ている。
 
 ジェイミーの護送を引き受ける勇敢な女性剣豪ブライエニーが、サンサの母と交わした誓いを守ってジェイミーを助け、ジェイミーも彼女を助ける。勇気が信頼を生み、信頼は勇気を育む。ほかにも南方の女性剣士が数名出てきて剣の腕前を披露。
ジェイミーもアリアに負けず劣らず旅をする。自身は苦難を経験しながらも姪の救出のため南部地方へ赴き、そこでまた捕縛される。
 
 ブライエニーは後に従者となるポドリックと漂流の珍道中、行く先々で騒動に巻き込まれるのだが、ふたりの行動と会話に笑わせられる。従者は女主人に馬術と剣術の指導を受け、主人は手心を加えず厳しく教える。毅然たる師匠ドンキホーテと忠僕サンチョ・パンサ。緊張と白熱をほぐす英国流ユーモア。そのあたりがうまい。
 
 王家に追われるアリアは、漁港に潜んでいるとき生活のため天秤棒をかついで貝売りをする。貴族の娘のたくましさ。しかし流浪の果てに安息の地にたどりつけるのか。生き残ることはできるのか。生き残った者たちが運命を共にするドラマに夜明けは来るのか。
視聴者は大きな森を歩く旅人となり、一本々々の木を見分けるまでに時間を費やされるかもしれない。意表をつく展開が用意され、追体験している気分になる。
 
 アリアは後に実践的剣術を会得すべく厳しく鍛えられる。剣、短剣、棒術の師匠は若い女殺し屋。こてんぱんに叩きのめされてもアリアはへこたれない。心身ともに鍛えられていく途上、アリアは劇薬を飲まされ失明。それでも特訓は続く。
暗闇でアリアの神経は研ぎ澄まされ、相手の気配を感じて動きを読めるようになる。最強の女剣士に育つのである。アリアと女殺し屋が真剣で戦うシーンに息を飲む。不利となったアリアのとっさの行動は、経験が生かされる一瞬の名場面。
 
 中里介山の大長編「大菩薩峠」の主人公・机竜之介を思い出した。「ゲーム・オブ・スローンズ」の脚本家、演出家が片岡知恵蔵や市川雷蔵の映画をみているかどうかわからないけれど、最終章の特典映像のインタビューをみるかぎり、主な制作者ふたりは日本の作品を参考にしたし、日本の人たちにみてもらいたいと発言。日本の戦国時代や特撮から学ぶべきことが多かったと思われる。一対一の決闘シーンはきわだっておもしろい。
 
 卵からかえった3頭の成長を見守り、空を飛び人間を襲う巨大なドラゴンとなっても、その母たる自覚を見失わず、ドラゴンを戦争の有力な武器とし、奴隷商人から奴隷を解放する役目を担う女王デナーリスはドラマを追うごとに可愛さから抜け出し、迫力を増す。ドラマ後半の鍵。
 
 鉄(くろがね)諸島出身のシオンは複雑で難しい役。芝居が熟達していなければこなせない。人を裏切って苦悩するが、誠実に生きても苦悩を伴い、煩悶はさだめと知る。シオンの最終章の活躍が見もの。
ジョン・スノウの弟ブランも最終章で活躍。デナーリスに相談役として仕える騎士モーモントが渋くてすばらしい。アリアの仇で王の猟犬と呼ばれる男はひょんなことからアリアを救う。共演者各人にも見せ場がある。陰惨なシーンがあってもホッとするのはそうした登場者がいるからだ。
 
 モーモントが剣の腕前を発揮するのは、デナーリスへの想いが浮彫りとなる決闘シーン。モーモントとブライエニーは主人と交わした誓いを守り抜く。それが騎士道の原点かと思った。
 
 ホワイト・ウォーカーと呼ばれる魔物の集団に対して、利害関係を度外視して結束した同盟軍が決戦を挑むシーンは圧巻。数万のゾンビを従えた魔の軍団が闇の森から嵐のごとく押しよせ、砂塵と霧に包まれた防御の兵は嵐のなかで輝く月のように戦う。雄々しく戦った者は戦死しても名誉が残るのだ。
 
 12歳の子どもだったアリア、13歳だったサンサは10年間のドラマと共に大人になり、ジョン・スノウやジェイミーの目は憂いを帯びてくる。翻弄されるのが運命であるかのごとく流浪し、危機一髪で助かってはまた窮地に陥る。
ジョン・スノウ、サンサ、アリア、ブランの兄弟姉妹は生き残れるのか、再会できるのか。期待は高まり、じらされ、それがおもしろさに変わっていく構成、脚本と演出の巧みさ。ジェイミーとティリオンの兄弟愛も見逃せない。
 
 これほど多くの人物を登場させ、その多くが主要人物となり、生き生きしたせりふ、名場面がたっぷりあり、随所にユーモアをちりばめ、ひとりひとりに愛着を感じさせるドラマをほかに知らない。力及ばず倒れても、ベストを尽くせば理解される、すくなくともそういう希望を持てる。
相手に踏み込みもせず、助け合わない友情は強固なものとならず、信頼も得られない。あいまいな態度をとり続ける人間は共感を呼ばない。踏み込まれたくないから自分も踏み込まない人生は快適なのかもしれない。だがそれではドラマにならないだろう。
 
 最高傑作「ゲーム・オブ・スローンズ」はスタッフと役者が渾身の力をふりしぼってつくったドラマだ。最後の撮影が終了して主な登場人物は抜け殻同然になったのではないだろうか。
早朝から夜中までの撮影で疲れきっていたはずだが、目が覚めると、台本をチェックし、集合場所に行かなければという思いに駆られ、共に過ごした仲間との再会を願う。それこそが役者の夜明けにほかならず、彼らの出演した連続ドラマが時代劇の大作といわれる所以(ゆえん)である。
 


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