2009-12-15 Tue      北ウェールズのイチゴを食べに行こう
 
 ささやかな楽しみであるけれど、食べる個数によってイチゴ一個が数千円(旅行費用÷イチゴの個数)になる贅沢は想像するだけで楽しい。
 
 時は6月半ば、所は北ウェールズ・ハーレフ城(Harlech Castle)からB4573経由・北北東へ数キロのマナーハウス「マイズ・イ・ニューアス」(Maes-Y-Neuadd)。14世紀建造のマナーハウスが隠れ家と呼ぶにふさわしいホテルとなったこの館のことは二度か三度記した。
ホテル前に広大な農園があり、そこで自家栽培された野菜、果物は美食家の舌をふるわせるだろう。
 
 ホテルを中心に半径1500bはこんもりした森に囲まれ、空気は缶詰にしてみやげに持って帰りたいほど。満月の夜は青白い月が皓々と輝き、新月の夜は漆黒の闇に妖精が舞う。闇のなか妖精が見えるのかというと、夜目のきかない私でも妖精なら見えるのである。
 
 自然のなかで育てられ、食べごろまで土に植えられていた旬の野菜・果物のおいしさを文章で伝えることは至難。昔ながらの栽培法、おいしい水と土が美味を保証する。
北ウェールズの水のうまさは格別で、スノードン山麓に眠っている地下水が地中深く這うように辿り、四方八方に広がって、北ウェールズの町や村に流れ込む。私はこの水をアーサー王の水、あるいは、アーサー王に仕えた魔法使いマーリンの水と名付けた。朝と昼飲むのはアーサー王の水、夜飲むのがマーリンの水である。
古の時代、王や魔法使いによって守られてきた自然のめぐみ。現在、住民によって頑なまでに守られている。
 
 ウェールズに較べてわが邦の都会にあふれている野菜果物の味のうすっぺらなこと。
栄養満点の土と水、肥料を費やしてもなお追いつけないのは、人間の手塩をかけない市場コスト中心主義の大量生産が美味を妨げるからだ。
あれはだれであったか、「毒ニンジンから麦穂が育つと思っていたのか!」といったのは。おいしい種からおいしい実が生るのは必然。
上記マナーハウスのイチゴは、この世のものとは思えない無類のおいしさで、赤黒い色、形、大きさ、香り、口当たり、濃厚な甘さ、ほのかな酸味、奥深さ、余韻のすべてが絶品。
 
 私はたらふく食したが、私の分を二個わけ与えた家内の羨望とも嫉妬とも切なさとも判別しがたいため息についてはうまく伝えられない。「あぁ、イチゴをたのめばよかった」といった家内の声は裏返っていた。
「注文すれば」と勧めたが、特大の三色アイスクリームをぺろりと平らげた家内の胃袋は何ものも受けつけなくなっていたのだ。
 
 いつの日か、そう遠くない6月中旬〜下旬のある日、イチゴを食べるために北ウェールズを再訪したいと考えている。

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