2004-05-11 Tuesday
カントリーサイドの爽快
 
 イングランドの田園風景は掛け値なしで世界一うつくしいと思う。「絵に描いたような」といわれる風景はヨーロッパのあちこちで目にするが、「田園風景」ということになればイングランドである。コッツウォルズの町や村を紹介したパンフレットにはおおよそ次のように記されている。
 
 「古きイングランド、丘に囲まれてひっそりと息づく町」、「この町に一歩足を踏み入れると、茅葺き屋根と石葺き屋根の家々があなたを迎えることでしょう」。
「はちみつ色の壁と、よく手入れされた庭に咲く色とりどりの花。何世紀もの間たたずむ古風で瀟洒な街角」、「生粋のカントリーサイドを散歩して、時が止まっているかのような静かな村との出会いをしてください」。
 
 99年6月、レンタカーと徒歩による3週間の英国旅行の果実を記すと。
6月という季節がもたらす自然のめぐみ。明るい陽光が木々の緑と草花と人をひときわあざやかにし、道の両側に生い茂った枝が緑陰をつくる。神が人間の手を借りてそおっと置いた、なだらかで変化に富んだ丘陵、ほどよく曲がりくねった小道、丘をさやさやとわたる風。イングランドのカントリーサイドになくてはならないものが丘陵と、そして生け垣である。その存在がイングランドの田園風景をほかの風景と異なったものにしている。雲が丘を横切り、生け垣に挨拶する。夏の日差しが一服し、いいようのないやさしさに満ち、人も動物も憩う。
 
 18世紀後半のイングランドでは、カントリーサイドの景観はごくかぎられた人々‥ジェントリーやロマン主義派画家‥のなぐさみ、風景画のモチーフ、あるいは、そのころ流行しはじめた旅行の目的地であった。
Picturesque(ピクチャレスク=絵のような)という言葉が端的に語っているように、18世紀の画家、詩人は、森や湖に美的価値を見出し、作品の素材とした。
 
 19世紀以降、産業革命による小さな町の都市化、工場の機械化が多くの人々にカントリーサイド再発見をもたらしたもののようである。
自然保護、文化遺産保護を目的とし、国内の文化財、土地を買い取り管理する「ナショナル・トラスト」は1895年に設立されている。ほぼ同時期、コッツウォルズのバイブリー村を訪れたウィリアム・モリスは、14世紀に建てられたアーリントン・ロウと呼ばれる小道にたたずむ家々と、小さなコルン川をみて絶讃したという。たしかにバイブリーはピクチャレスクの形容にふさわしく美しい。キャンバスに描くにせよ、写真撮影するにせよ格好の素材である。
 
 しかし私は、アッパー・スローター、ロゥワー・スローターのスローターズのほうがより忘れがたい。スローター村は、バイブリー同様観光地化されていないところがいいし、公共駐車場の影さえなく、ツアー客が大型バスで押し寄せないところもよい。
スローターズを散歩する、それは快楽である。スローターズを起点にした、ストゥやチッピング・カムデンへの道路に至るまでの曲がりくねった小道に、えもいわれぬ田園風景が点在している。細い道の両側に繁茂する足長の雑草が風になびいて、縦横無尽に大きく揺れる。西に傾きはじめた日が風と戯れている。そのようすを黙って見る。それこそがカントリーサイドの爽快なのである。


PAST INDEX FUTURE