2004-06-21 Monday
予期せぬ出会い
 
 それは偶然が重なっての出来事だった。いま思ってもそうとしかいいようがない。ただ一つはっきりしているのは、同行者の強運が思わぬ果実をもたらしたということである。
 
 99年10月1日、シャルル・ドゴール空港でAF1388便に搭乗し、定刻の午後9時30分エディンバラ到着後、郊外のホテルに投宿、翌朝、AVISで濃紺のプジョー406をレンタルし、一路ストーン・ヘイブンへと向かった。
ストーン・ヘイブンのインフォメーションでうまい食事を提供するレストランの名と場所をきき、軽めの昼食をとり、ダノッター城をめざした。何度かカーブを曲がり、ゆるやかな登り坂を上って見晴らしのよい道路に出ると、潮の香がほのかにただよってきた。
 
 ダノッター城の岩山は道路を隔てて二重になっていて、道路に近い岩山がダノッター城のある岩山より高い位置にあるせいなのか、道路から臨む城を見えにくくしている。道路に面した無料駐車場に車を停めたときはそうでもなかったが、手前の岩山に来たとき、真っ青な北海から吹く風のすさまじい抵抗をうけた。
風の冷たさは尋常ではなく、気温がいきなり10度下がったように思えた。強風のなかに屹立する廃城は、遠くからは凛然とみえたが、近くまで行くといまにも崩れ落ちそうにみえた。そして、ひどく懐かしい姿を矜持していた。北海に置き去りにされた孤高のたたずまいは、それだけでも心にせまってきたが、うしろに広がる海の碧さが孤独をいっそう募らせ、胸がいっぱいになった。
 
 同行者二人(家内と義姉)に打ち寄せる感動の波が私に伝わってきた。スコットランドを巡る旅の最初の観光でこんなことになるとは、これから先の旅がつまらないものになるかもしれない。そんなふうに思うほど、ダノッター城は私たちに強く訴えかけたのである。
後ろ髪を引かれる思いで廃城をあとにし、ロイヤル・ディー・サイド(注:参照)沿いのバンコリー(Banchory)郊外にある瀟洒な宿に着いたのは夕暮時。宿のコンシェルジュに町のスポットを尋ねたら、「Crathes Castle」(クラテス城)の庭園が美しいということだった。翌日朝食後に見学しようと思い、「Crathes Castle」に電話した。
 
 電話に出た女性は親切な上に気がきいていて、城と庭園のあらましを手短に説明し、宿からの近道と駐車場への流れまで教えてくれた。そこまではよかった。が、翌10月3日は日曜で、日曜の庭園入場は午後1時からだという。バンコリーは、ディー川でのんびり魚釣りするなら格好のところであるし、川を眺めているだけで満ち足りた気分になれそうなのだが、同行者二人に川眺めを強いるわけにはいかない。
 
 二人に事情を伝えたら、案の定、早めに次の目的地ピト・ロッホリーに入ろうかということになった。ピトロッホリーへの道中は、ロイヤル・ディー・サイド沿いのA93号線をえんえんと走り、途中でBallater、バルモラル城、ブレーマー(Braemar)、「GLEN SHEE」峡谷などを経由する、およそ150qの行程で、川と渓谷美をたっぷり楽しめる山岳ドライブ。
 
 この日は朝からどんよりして、いまにも雨が落ちてきそうな空模様だった。車を走らせて15分もたつと、スコットランドらしい細かい雨がフロントガラスに落ちてきて、すれちがう車も追い越す車もない閑散とした道をすべるように走りつづけた。
車がバルモラル城のそばにさしかかったときのことである。道路沿いのインフォメーション兼ギフトショップに、トイレ休憩と情報取得のため寄ろうと、広い駐車場に入った途端、雨合羽を着た数人の警官が車の進入路に立ちはだかった。
 
 異様に鼻高の生意気そうな婦警が、窓を開けろというしぐさをするので窓を開けると、「クイーンとロイヤルファミリーが来ているから、車はここに停めて、路上には決して停めないように」と早口でまくしたてた。後部座席の義姉が、「You are killing us.」と小さな声でいったが、婦警はいいたいことだけいって、そそくさと去っていった。
事の詳細を把握しなければと思いインフォメーションに入った。インフォメーーションには、やさしそうなおじさんが一人いるだけで、ほかに人の影はなかった。そのおじさんに訊いたら、ほほえんで応えてくれた。「もうすぐ女王ご一行が、上(指さす方向に小さな建物が見えた)の教会でミサをおこなうのですよ」。
 
 エリザベス女王とロイヤルファミリーが来られるにしてはあまりに手薄い警備だった。だがこれが英国流なのだった。私たちは、おじさんの指さした方角にある坂道を浮かれ人のように上っていった。坂道の上には、それ以上ちいさな教会はないと思えるようなちいさな教会がひっそりと佇んでいた。
教会の前で待つこと半時間。はたして女王は出てこられた。エディンバラ公、エリザベス王太后、アン王女も一緒だった。こんな間近でロイヤルファミリーに出会えるとは。バーンコリーで午後1時まで時間をつぶし庭園鑑賞をしていたら、この幸運な出会いは叶わなかったろう。女王は、私たちがそこにいるのが意外そうなお顔をされた。驚きというより喜びのお顔であった。それを拝見した私たちはさらに意外だった。
 
 孤高の廃城・ダノッターをみたとき、先が思いやられるのではと思ったが杞憂に終わった。女王とロイヤルファミリーとの予期せぬ出会いは、いまも記憶に新しい。
 
 
注:ロイヤルは英王室、ディーは川の名前。ロイヤル・ディー・サイドは英王室のお気に入りの風光明媚なところで、春〜夏を除きロイヤルファミリーが静養目的で滞在する。

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