2005-05-01 Sunday
ウェールズのイチゴ

 
 99年6月中旬、英国周遊の旅18日間の起点をどこにするか散々迷ったあげく、ウェールズの首都カーディフに白羽の矢を立てた。ロンドンは最初から念頭にない。ヒースロー空港から飛んでいる国内線は選択肢が限られる。その点、KLMやAFはアムステルダム、パリ経由で英国内の様々な都市へ入ることができて便利。
 
 航空会社選びのポイントはむろんそのことだけではない。乗り継ぎに要する待ち時間が3時間以上というのは問題外。中東やアフリカの空港なら話は別だが、そこは欧州なのである。
レンタカーで英国を旅するとき、ルート選びと最終目的地の選定がキーポイント。時間の制限がなく、勝手気ままにのんびりと、という方はルートも順路も関係ないだろう。
 
 99年6月の旅は英国諸都市への選択肢の多いKLMにした。アムス経由で乗り継ぎ時間の短いブリストルorカーディフを候補に絞り込み、未知の魔力に惹かれてカーディフを選んだ。スキポール空港での乗り継ぎは約1時間、慌てず退屈せずの待ち時間である。
カーディフを起点にしたのは正解で、空港内AVISが用意していた車はダークグリーンのプジョー406、オドメーターはまだ1200`しか示していない新車だった。AVISの係員は私と同世代で温厚そのもの、古くからの知己のごとく接してくれた。
 
 南ウェールズは結局、カーディフ近郊しか見なかった。市内の雰囲気はイングランドにはない独特のもので、大英帝国時代のボンベイ(ムンバイ)はカーディフを参考に町づくりされたのではないかと想像し、目抜き通りにボンベイの残映をみたような気がした。
カーディフではカントリーハウス「Egerton Grey」に二泊し、その後、ソールズベリー近郊とコッツウォルズをゆっくり周遊し、チェスターに入った。それからスノードン山岳ドライブをたのしみ、北ウェールズのハーレフ城、コンウィ城など世界遺産に登録されている四つの古城(または城跡)を見た。
 
 チェスターを発つ前に北ウェールズ一日目の昼食予約をしたのは、ハーレフ城にほど近い「マイズ・イ・ニューアス」(Maes-y-Neuadd)という14世紀に建てられたマナーハウス内のレストラン。
B4573号線から、草ぼうぼうと生い茂った極細の道に分け入り、足の長い雑草をかきわけ前進。対向車が来たらよける場所も余地もなく、冷や冷やしながら辿りついたのが上の画像のマナーハウス。
 
 スノードン山が一望でき、うしろはこんもりした森に囲まれた、農園と果樹園が眼前に広がる一軒家であった。北ウェールズの隠れ家にふさわしいロケーションである。巷間、隠れ家などと喧伝される宿はほんとうの隠れ家ではない。雑誌やガイドブックで誰もが知ってる宿を隠れ家と呼ぶのは問題があろう。
私たち夫婦が到着したのは午後1時過ぎで、ホテル(マナーハウス)はちょうどチェックインとチェックアウトのはざまでガランとしており、客のすがたもなかった。小さなレセプションに人の気配はなく、左奥にある事務所らしき部屋のドアをノックすると、なかから男の声がした。その男は、何か言うたびに、やたらとケタケタ笑う癖があった。その笑い方、声の調子、顔まで映画「アマデウス」のモーツアルトに似ていた。ただし、モーツアルト役者より15歳以上老けていた。
 
 さて、昼食である。
メニューにはアラカルト、各種ランチが豊富に用意されていて、いずれもリーズナブル。ランチは4種類のスープまたは前菜、三種類の肉料理または魚料理、5種類のデザートのなかから選択可能。肉料理と魚料理の両方出るランチも安価であったが、量的に食べられない。レストランは貸し切り。
舌も心も満足じゃとうなった料理は大詰を迎え、いよいよデザート。家内は、自家製だから、よそにはない味と踏んで三色アイスクリーム(バニラ、ブルーベリー、チョコ)を選んだ。私は目の前で栽培されているイチゴを選んだ。
先に運ばれた三色アイスは見るからにおいしそうで、バニラの甘い香り、採れたてのブルーベリーの芳醇な甘酸っぱい香りがただよっている。仕合わせそうな家内の顔を見つつ、私はイチゴを待った。
 
 はたしてイチゴはこの世のものとは思えない無類のうまさ。色、形、大きさ、香り、濃厚な甘さ、ほのかな酸味、奥深さ、余韻、どれをとっても絶品。その昔、神戸の木幡(押部谷)のイチゴ農家で、畑になっていた完熟イチゴ(老舗料亭、高級果実店に卸す極上品)を食したことがあった。それまではそのイチゴが一番と思っていた。それがなんと、そのイチゴの影が薄くなって、味が消えてしまいそうな逸品。
 
 えもいわれぬ顔をしている私を見て、「そんなにおいしいの」と訊いた家内の声は裏返っていた。見破られたのに知らぬ顔もできず、イチゴを二つわけてあげました。
イチゴをほおばって家内が洩らした深いためいき。そして、ためいきの後につづく、「ああ、わたしもイチゴをたのめばよかった」という、羨望とも嫉妬とも悶えとも判別しがたい声。ここではうまくお伝えできません。

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